「声、駄々洩れ。誰かと思って出てきたら、やっぱり柚葵だった」
 そうか、私の騒がしい心の声を読み取って出てきてくれたのか。
 動揺しつつも、傘も差さずに出てきた成瀬君に、私は慌てて傘を分ける。もうそこまで強い雨ではなく、小雨程度になっていたけれど、成瀬君の柔らかそうな髪の毛にはしずくがついていた。
 二週間ぶりに会ったというのに、成瀬君の様子はいつも通りだ。
「このままだと濡れるから、家入る?」
『えっ、お家の人は』
「今は誰もいない。母親も別荘で療養してる」
 どうぞ、と言われるがままに、私は敷地内に足を踏み入れる。
 とても綺麗に整えられた芝生を踏みしめて、大きな木製のドアを開けてもらった。ドアの向こう側には、想像通りどれも質のよさそうなヴィンテージものの家具が並んでいる。
 私は辺りをきょろきょろと見渡しながら、お邪魔します、と心の中でつぶやいて家の中へ入った。
 歴史を感じるこげ茶の床だけれど、とても手入れが行き届いている。リビングへ通されると、そこにはまた趣のあるソファーが置かれていた。
「ここ座ってて。何か飲み物用意してくる」
『あ、おかまいなく!』
 突然来てしまったのに、彼が何も言わないでいてくれるのは、だいたい私が聞きたいことを察しているからだろうか。
 さっき、お母さんは療養中と言っていたけれど、回復へと向かっているのだろうか。
 あれこれ考えていると、目の前に温かい紅茶が置かれた。
「どうぞ」
『あ、ありがとう……。すごい立派なお家だね』
「曾祖父もここに住んでたから、だいぶ古いけどね」
『えっ、ここに芳賀先生が!?』
 驚き、私はまた異国の地に来たかのように辺りを見渡してしまう。
 その様子を見ながら、成瀬君も私の隣に座って、淹れたての紅茶を飲んだ。
 至近距離で座られて、思わずドキッとしてしまう。いつも絵を描くときは、目の前に座ってもらっていたから。
「母親はもう元気だよ。心配かけて悪い」
『そうだったんだ。よかった……』
「ずっと連絡取れなくてごめん。ちょっと……整理したいことがあって」
 整理したいこと……?
 ひとまずお母さんが無事なようで安心したけれど、成瀬君の言葉や表情が気になる。
 何か少し疲れているような、生気のないような、そんな顔をしている。
 じっと彼の顔を見つめていると、成瀬君は「大丈夫」と力なく答える。