本当は自分から会いに行きたいけれど、場所も知らないし……。
「柚葵。会いに行きたい?」
 そう問われ、私は反射的にこくんと頷く。
 すると、桐は一瞬何かを考えてから、絞り出すように提案した。
「じつは、電話番号調べた時に、住所も見ておいた。すごく大きなお屋敷で私も何度が通ったことがある場所だったから、すぐに分かるよ。一緒に行こうか」
 桐の提案に、私は何も考えずにすぐに首を縦に振る。
 本当はまだ私と成瀬君を会わせたくないはずなのに、一緒に行こうか、と言ってくれた桐に感謝の気持ちがあふれる。
 桐は何かを覚悟したように、「分かった」と言ってから、私の手を引っ張った。
 私たちは傘を盾のようにしながら、学生で込み合った道を少し早歩きで駆け抜けていった。


 昭和初期時代に建てられたというお屋敷は、本当に立派な建物だった。
 立派なお庭を、長いレンガの塀が囲んでいる。簡単には立ち入れなさそうな空気を肌で感じる。
「ごめんだけど、私は成瀬に合わせる顔がないから、ここまでにしておく」
 門の前まで着いてきてくれたことに、感謝しかない。
 私は申し訳なさそうにする桐に感謝の気持ちを伝えて、ぺこっと頭を下げる。
 本当は、ひとりで会いに行くことはとても勇気がいるけれど、不安な気持ちを無理やり笑顔で吹き飛ばす。
「何かあったら、すぐに連絡してね。これ、小さいけど予備の折り畳み傘、使って」
 桐はやっぱり二人で会うことが複雑なのか、何か言いたげな様子だったけれど、傘を差し出してゆっくり去っていった。
 桐、ありがとう。胸の中でそうつぶやく。ここからはひとりで、頑張らなくちゃ。
 煉瓦でできた洋風のお屋敷を見上げて、私はふうと大きく息を吐いた。
 しかし、中に入るといっても、いったいどこから連絡を取ればいいのか。
 一般家庭にあるようなインターホンも見つからない。途方に暮れていると、家の中から誰かが出てくる気配がした。思わず門の陰に隠れてしまったけれど、シルエットからして恐らく成瀬君だ。
 会ったら一言目に、なんて言おう。お母さんは大丈夫? ずっと大変だった? 何か抱え込んでいるの? 桐とはどんなことを話したの?
 聞きたいことだらけで、言葉がうまくまとまらない。
 だんだんと足音が近づき、比例するかのように心音も大きくなっていく。
「何してんの?」
『わっ、びっくりした!』