「部活に戻る理由は、俺が何回もしつこいからだって、そう部員に説明すればいいからって、伝えておいて」
 それに対しても、こくこくとうなずくと、三島君はまた少し笑ってくれた。そして、「なんだ、意外と普通に話せんじゃん」と言い残してから、颯爽と教室を去っていく。
 意外と話せる、という言葉が、予想外に嬉しくて気持ちが少し明るくなる。
 言葉は話せてないけど、三島君の会話術のおかげで、久々に家族以外の人とちゃんとコミュニケーションとれた気がする。
 桐と成瀬君がいないと、私の世界はこんなにも狭くて静かなんだと、思い知らされる。
 私は、三島君の伝言を成瀬君に届けようと、早速メッセージを送ってみた。
 しかし、返信は来そうにないことは、どこかで分かっていた。
 通知が来ないスマホを持ったまま、私は桐に会いに歩みを進める。
 向き合うことはとても怖いけれど、今ここで桐との縁を切りたくない。絶対に。
 丁度校門を出かけたところで、ぽつぽつと冷たいものが頭皮に当たるのを感じた。
 雨だ……。今日は傘を持っていない。こんな時に限って降ってくるなんて。
 灰色の空を見上げて一瞬途方に暮れたけれど、私は気にせず駅まで走って向かうことにした。
「柚葵!」
 しかし、走り出したところで、青い傘を持った女生徒に引き留められる。
 お嬢様学校として有名な高校の制服を纏った桐が、目の前にいた。
 桐だ……。ようやく、会えた。嬉しさと安堵の気持ちが胸の中に広がっていく。
 でも桐は、とても気まずそうな顔をして、私に半分傘を分ける。
「この前はごめん。少し気が動転してた」
 彼女の言葉に、 私はううんと首を横に振る。
 傘ひとつ分の世界の中で、私は桐のどんな言葉も聞き逃さないようにと、耳を澄ませる。
「私、どうしても、柚葵と話せなくなった時が忘れられなくて……、怖くて……」
 桐は私と目を合わせないまま、苦しそうに言葉を探している。
 道行く人が、私と桐のことをちらちらと見ながら駅の方へ向かっていくけれど、もうそんなことはどうでもよかった。
 私は、傘の持ち手を握りしめている彼女の手をそっと握りしめて、静かに言葉を待った。
「柚葵は、私のこと、唯一偏見なしで見てくれた友達だから……」