ノートには、達筆な字でつらつらと信じがたい事実が綴られていた。
 俺の能力は、運命を変えた“代償”として発症したものなのか。
「なんだよ……、それ」
 脱力した俺は、怒りも悲しみも抱けないまま、空虚な気持ちでノートを眺めている。
 再び床に座り込み、俺は両手で頭を抱え込んだ。
 そんな運命の“歪(ひずみ)”で、俺のこの能力は遺伝したとでも言うのか。
 そして、能力を消す解決法は、自分の記憶を消すこと以外に存在しない。
 残酷すぎる事実を突然知らされ、言葉が見つからない。
「記憶を消すなんて、できない……」
 自分が過去に柚葵にしたことも、再会してから起こった出来事も、全部忘れることなんて、できるわけない。
 でも、そうしないと、俺はずっと“普通の人間”になれないままだ。
 そばにいたい。たったそれだけのことが、とてつもなく遠い。
 もう他に答えがない、という答えが早々に出てしまい、俺は途方に暮れた。
 曾祖父は、いったいどんな気持ちで自分の血が受け継がれていく様子を見守っていたのだろうか。
 すべて未来に託して、消えていくだなんて、そんなのありかよ。
「くそっ……」
 思わず日記を机に叩きつけたけれど、ある一文が目に入ってくる。
 『だけど、一言伝えるとしたら、それは、妻と同じく、「乗り越えてほしい」という言葉だけだ』と、曾祖父は記している。
 なんとも無責任な言葉に感じる。だけど、嘘偽りのない誠実な言葉だということも、痛いほどよく分かってしまった。
 そして、同情されそばにいてもらうことほど、辛いものはなかった、という言葉にも、同じ能力者として重みを感じてしまう。
 いつか、そんな風に、俺も柚葵のことを縛りつけてしまう日が来るのだろうか。この能力が、消えない限り。
 この世はあまりにも、自分だけではどうしようもないことで、溢れすぎている。
 何もかもに絶望しかけたそのとき、いきなり一回から何かがガシャンと崩れ落ちる音が聞こえた。
 この家には今母親しかいないはず。俺はすぐに一階に駆け降りると、そこには散らばったティーカップの破片と、横たわる母親がいた。
「なに……、どうしたんだよ」
 俺は倒れこむ母のそばに駆け寄ると、意識を起こそうと少しだけ体を揺する。
 母親はすぐに目を開けて、破片が刺さり血が出た手のひらを見つめて、ぼんやりとつぶやいた。