こんなに幼い妹にまで心配をかけてしまい、本当に申し訳ないなと思う。
 でも、家族や桐、大切な人とだけはこうしてちゃんと話せているのだから、現状は何も問題はない。
 自分の世界はこれ以上広がらない――。ただ、それだけの話だ。
「クラスに何か面白そうな人はいた?」
 妹とじゃれていると、色んなことを聞きたそうな母親が、次いで問いかけてきた。
 その質問に、私はある人を瞼の裏に浮かべる。
「いるよ、走るのがすっごく得意な人。芸能人みたいに有名」
「へぇー、あの高校、陸上部強いって有名だもんねぇ」
「でも、陸上部辞めちゃうんだって」
「あらそうなの、それは残念ね」
「うん……、すごく残念」
 もう少し、彼の走る姿を見てみたかった。
 そんなことを思う人は、私以外にもきっとたくさんいるだろう。
 でも、私は彼の涙を知っている。
 きっと、誰にも話したくない悲しいことや、自分の力では抗えないようなことが、あったんだろう。
 私はその気持ちを、少しだけなら経験したことがあるから、彼に「辞めないでほしい」なんて、絶対に言えない。
 自分だけではどうにもできないことなんて、この世界には沢山あふれているから。