思ったよりも普通に会話ができていることに驚く。
 もう、一週間以上学校では避けられていたから、話してくれないのかと思っていた。
 私はスゥッと息を吸ってから、自分が伝えたいことをチャットで整理する。
【成瀬君が岸野君だって知って、正直すごくすごく驚いた】
『……ああ』
【なんで隠してたのって、裏切られたような気持ちにもなった】
 そこまで言うと、成瀬君はスマホの向こう側で押し黙ってしまった。
 だけど私は、感じたことをそのまま全部伝えるつもりで、文字を打ち込み続ける。
【でもそれ以上に、戸惑った。成瀬君はもう私と一緒にいてくれないかもしれないって、そう思ったら、怒りより悲しみが勝った】
『は……? なんだよ、それ……』
【もう同じ目線で、私のことを見てくれないのかと思ったら、辛かった】
『な……んでだよ。俺のことが憎いだろ、怖いだろ……。そんな情みたいなこと、お前は言わなくていい』
 成瀬君が珍しく感情的な声をあげるから、私も自分の中のストッパーを完全に外すことができた。
 もう自分の気持ちを、閉じ込めたりしない。大切な人を、失いたくないから。
 涙で震えそうな吐息を必死に隠して、私は私の全部をさらけ出す。
【成瀬君のこと、恨んであげないよ】
『は……?』
【恨んであげない。成瀬君が私に恨まれることで、幸せになることを放棄する理由にしてるなら、絶対に恨んであげない】
『志倉……?』
【だから、私にも、成瀬君の本心を聞かせてほしい】
 いったい、何夜、何か月、何年、罪の意識に囚われていたのか知れない。
 過去はやり直せないし、生まれ持って与えられたものには逆らえない。
 だけど、その何もかもを取っ払った世界まで、いつか来てほしい。自分を責め続けて、これ以上自分が生きていく世界を決めつけないでほしい。
 私は、待ちたい。成瀬君が、半透明の世界から抜け出してくれる時を。
 ねぇ、きっと、私たちの間にあるものなんて、あの絵のように、カーテンを一枚隔てたくらいのものだよ。
 風が吹けば飛んでいってしまうような、そんな程度のものだよ。
 だから勝手に、自分の世界を線引きしないで。ちゃんと私を“見て”。
『なんでだよ……。お前はいつも……』
 しばらくの沈黙の後、成瀬君は脱力したように声を漏らした。その声は、少しだけ震えて聞こえた。