『大手繊維会社のぼんぼんらしいよ。でっかいお屋敷に住んでるって聞いたことあるけど、場所は不明。今は県外の高校に通ってるって聞いたけど、まああくまで噂だから』
「県外の……」
 そんな嘘の噂が流れていたのか。
 もしかしたら、成瀬君の存在を印象付けないために彼自身か親が付いた嘘なのかもしれない。
 桐は成瀬君とはずっと違うクラスで、全然関わりがなかったはずだから、あまり当時の印象はないようだ。
『あ、そういえば、ひぃじいちゃんだかなんだかが、有名な画家だったはず』
「え……?」
『もしかしたら知ってるかもだけど、活動名が芳賀義春とかいう……』
「えっ、それ本当に!?」
『う、うん……。そんなに有名な人なの?』
 とんでもない事実に、私は思わず大声をあげてしまった。
 いくら家の中では話せるとは言えど、こんなに大きな声を出したのはいつぶりか思い出せないほどだ。
 まさか、自分がずっと敬愛している画家の孫が、成瀬君だったなんて。
 興奮で中々頭の整理がつかない。
 きっと今まで何度か芳賀先生のことを考える瞬間はあったはずだから、成瀬君も私が芳賀先生のファンであることは知っていたはずだ。
 言うタイミングがなかったのか、言うつもりはなかったのか……。
「あ……!」
『ん? どうしたの?』
 私はあることを思い出し、思わず声をあげてしまう。
 そういえば、成瀬君がいつかこの能力は遺伝性だと言っていたけれど、まさか芳賀先生も能力者だったのだろうか。
 ドクンドクンと心臓の音が速まって、頭の中を、芳賀先生の描いた作品が走馬灯のようによぎった。
 真相は分からないけれど、その可能性はゼロではない。
『柚葵……? もし何かあったのなら、すぐに言ってね。昔のこと聞いてくるなんて珍しいから……』
「心配かけてごめん。ちょっと彼に似た人に会って、思い出しちゃって」
『そう、ただそれだけなら、いいんだけど』
 桐に本当のことを隠すのはとても心苦しく感じたけれど、自分の中の整理がついたら、成瀬君のことをいつか言おう。
 私は、桐にお礼を伝えて、静かにスマホを切った。
 そして、このタイミングで北海道に行くことになったことに、何かしらの運命を感じていた。
 


 祖母の家と美術館は、同じ札幌市内にある。
 九月の北海道の気候はとても過ごしやすく、観光客もこの時期には多い。