あの時の幼い自分にとって、岸野君は――成瀬君は、恐ろしく許しがたい存在だった。
 私は、これから、どうしたらいいんだろう。
 成瀬君に、なんと言ってあげたらいいのだろう。
 もう怒ってないよ、成瀬君のせいじゃないよ、許してるよ……そのどれも違う。全然しっくりこない。私は成瀬君のことを許すとか許さないとか、そんな目線で見たいわけじゃない。
「成瀬……君……」
 そっと彼の名前を呼んでみる。初めて自分の声に出してみた。
 すると、瞼の裏に彼の顔が浮かんで、会いたいという気持ちがふつふつと湧き始める。
 でも、今の彼に会っても、私たちは同じ目線ではいられないのだろう。
 岸野君に関することを……、彼の過去に関することを、もっと思い出せやしないだろうか。
 彼の過去を知れば、もっと近づくことができるかもしれない。私は、あの頃の成瀬君のことを、分かりたい。理解したいだなんて、そんなおこがましい気持ちを誰かに抱いたのは、本当に初めてだ。
 だってこのまま何もしなければ、私が彼に対して抱いている感情の行き場がないままだから。
 怖くても知りたいと、そう思った私は、そっとある人物に電話をかけることにした。
「あ、もしもし。桐? 柚葵です」
『柚葵、どうしたの。電話なんて珍しい』
「ごめんね突然。ちょっと聞きたいことがあって……」
『なになにー? アトリエならいつでも使ってね』
 電話をした相手は、同じ小学校に通っていた桐。
 もしかしたら学園長の娘である桐なら、岸野君のことについて何かを知っているかもしれない。
 そう思い、私は他愛もない会話をしてから、そっと質問をしてみる。
「突然でごめんなんだけど、あの、岸野君ってどういう子だったか、覚えてる?」
『……え?』
「ショックで記憶が消えているのか、あまり思い出せなくて……」
『何、また何かアイツにされたの!? 大丈夫!?』
「あ、ごめん、そうじゃなくて……! ただなんとなく、昔のことと向き合おうかなと、思って……」
 桐は岸野君というワードを聞いた瞬間、スマホ越しに声を荒げて私のことを心配してくれた。
 まさか同じ高校に通っているなんて、口が裂けても言えない。彼女にはこれ以上余計な心配をかけたくない。
 疑心を抱いている桐をなんとか宥めると、彼女はとても低い嫌そうな声で、ぽつりとつぶやいた。