「ごめんね巴。受験終わったらいつでも遊んであげるから」
 ぐずる巴の頭を撫でて謝ると、母親が「お父さんが一緒に観てくれるって」と宥めた。しかし巴は「お父さんじゃいや」とさらにぐずってしまい、父親は大きなショックを受けている。
 その様子をほほえましく見守ってから、私はスッと自分の部屋へと戻っていった。

 ベッドに寝転がり、両眼を手で塞ぎ、昔のことを思い出してみる。
 岸野君の声も、姿も、何もかも成瀬君とは結びつかない。
 苗字も下の名前も違うということならば、偽名を使って入学していたのだろうか。そんなことができるのだろうか。もしかしたら、本当の名前がどっちかもわからない。
 岸野君に、『お前なんでそんなに本心と違うことばっか言ってるわけ?』と問いかけられたあの瞬間から、私の学校生活が崩壊していったことは事実だ。
 だから岸野君と成瀬君が同一人物だと知って、ショックじゃないわけなかった。
「罪悪感……」
 そういえば、随分前に、なぜ能力の秘密を私に打ち明けたのか、ということを聞いたあのとき、成瀬君は『罪悪感を拭うため』だと言っていた。
 今ならあの言葉の意味がしっくりくる。
 そうか、成瀬君が私に近づいた理由は、ただの罪滅ぼしだったのか。胸のどこかがチクリと痛む。
 彼の中で、私の存在は罪悪感そのものだったのだろう。そう思うと、彼が私なんかに優しくしてくれたすべてに納得がいく。
 でも、彼が、『好きだ』と言って泣いたのは……。
 そこまで思い出すと、体に火が付いたように熱くなる。もしかしたら聞き間違いかもしれない、という言い聞かせを、もう何度もしている。
 でも、ひとつだけ間違いないのは、成瀬君は私にあんな形で気持ちを伝えることを、まったく望んでいなかったということだ。
 好きだと言った直後の、彼の失望した瞳の色が、忘れられない。
 成瀬君はきっと、私の想像以上に、私への罪意識を抱いてずっと生きてきたんだろう。
 私も過去に、岸野君がいなければ平穏に生きていられたかもしれないという想像をして生きていた。だけどそれはもう、見当違いだということに気づいている。
 岸野君は何も間違ったことを言っていなかったし、私の心が読めていたからこそ、本心を言えない私のことが許せなかったんだろう。
 でもそう思えるようになったのは、私が大人に近づいたから、というだけの話で。