成瀬君は、また少し切なげな顔で、私のことを見つめている。
 もし、乗り越えることが自分を許すということならば、私は、もう少し明日を頑張ってみたいと思えたんだ。
 それは、成瀬君がこの世界に、いるから。
「好きだ……」
 唐突に彼の美しい唇からこぼれた言葉に、私は自分の心を読まれたのかと一瞬錯覚した。
 成瀬君は、初めて会ったあの日のように、綺麗な涙の粒を片方の目からほろっと流す。
 まるで映画のように美しい映像に、私の思考は停止する。
 好きだって、聞こえた、今。
 それっていったい、どういう意味で……?
 しかし、問いかける前に、成瀬君は綺麗な顔を見る見るうちに悲しみの色でいっぱいにしていく。好きだという言葉とは裏腹に、成瀬君は苦しそうになっていく。
「俺は本当に、最低だ……」
『成瀬君……?』
「言うつもりなんかなかったのに、今……」
 自分の口を抑えて、信じられないとでもいうような表情をしている成瀬君。
 私も同じように、ただただ動揺していると、私の体は強引に成瀬君の腕の中に閉じ込められてしまった。
 抱きしめられる、というよりも、自分の表情を私に見せないようにするために、閉じ込めた、という感じだ。
 そして彼は、さっきの告白を掻き消すように、信じられない事実を告げる。
「……お前の声を奪ったのは、俺だよ」
『え……?』
「俺なんだ……っ」
 私の声を奪った人が、成瀬君……? 
 その言葉に、もうぼんやりとしか思い出せない、岸野明人君の輪郭が浮かんでくる。
 私のことを抱きしめる成瀬君の手は、さっきの私以上に、震えていた。
 小学生の頃の記憶が、ゆっくりと“今”の彼に、重なっていく。

 こんなにも悲しいめぐりあわせがあるだなんて、その時の私はまだ、認めたくなくて。
 成瀬君の震える体にそっと手をまわしながら、薄い青の空を見上げていた。