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酸素が足りない。早く教室から飛び出して、外の空気を吸いたい。
足が勝手に階段を何段も駆け上がり、体を上へ上へと運んでいく。
誰もいない屋上に出ると、丁度授業開始を伝えるチャイムが鳴った。その瞬間、嘘みたいにようやく呼吸ができるようになっていく。
秋の澄んだ空を見上げながら、私はコンクリートの床にそのまま座り込むと、大きく息を吸って吐いた。
「は、はぁ……っ、はぁ……」
まるで、水の中をずっと歩いてきたみたい。
私は何度も何度も深く呼吸を繰り返し、何かを取り戻すように酸素を取り入れた。
ずっと、自分と戦わなきゃと思って、ここ数年を生きている。
透明人間になって逃げてしまいたい自分と、立ち向かわなきゃと思っている自分。
突然、黒板にあんなことを書いて、絶対変な奴って思われただろう。でも、自分のせいで成瀬君に迷惑がかかるのは耐えられなかった。
あんなに人の注目を浴びたのは、小学五年生のあの日以来だ。寒気が止まらない。
ズキッと頭が痛んで、再び体が固く動かなくなっていくのを感じた。
「志倉!」
ガタガタと震えていると、成瀬君が屋上のドアを勢いよく開けて、座り込んでいる私のそばにやってきた。
そして、私の震えている手を、大きな手で力強く包み込む。
「大丈夫。ゆっくり息吐け」
成瀬君に握りしめられた手を見つめながら、私は言われたとおりに呼吸を続ける。
「大丈夫だから……」
人の目が、どうしてここまで怖いのか。
皆が普通にやっていることが、普通にできない。だから、大切な人にも迷惑をかける。
私は、ダメな人間なんだ。だから誰にも見られたくない。自分に気づいてほしくない。消えてしまいたい。
こんな醜い感情、誰にも読まれたくないよ。知られたくない。……成瀬君にも。
そう思った私は、電流が走ったみたいに腕に力が戻ってきて、反射的にドンッと成瀬君を突き飛ばしていた。
あ……。私今、最低なことをした。彼は心配して私の手を握っていてくれたのに。
最悪だ。最低だ。すぐに正気に戻り、謝ろうとしたけれど、声が出ない。
私は、大切な人に直接謝ることもできないんだ。
成瀬君は床に倒れこんだまま、私のことをじっと見つめている。それから、力なくつぶやいた。
「この世界は大概クソだから、志倉が消えたいって思っても、仕方ねぇよ」
『え……』