まるでついさっきまで会話をしていたかのように、唐突な切り口で大声を出す南さんに、私は完全に面食らってしまった。
 南さんの考えていることが全く理解できなくて、私はただ唖然としたまま彼女のことを見つめる。
「まさか成瀬とできてるって噂、本当だったりして……?」
 南さんの無邪気なのか分からない言葉に、周りの生徒はこそこそと小声で話し出す。それはまるで、静寂だった水面に一滴の水が落ちて波紋が広がっていくかのごとく、あっという間のできごとだった。
「いやさすがにそれはないっしょ……」
「でも二人が夏休みに一緒にいるとこと見たって人が」
「何それ、受ける大学も合わせてんの? そんなんで進路決めてんの?」
「成瀬君、結構優しいところあるから、同情しちゃったのかな」
 刺さる視線と、囁かれる言葉。
 皆、私が言葉はちゃんと聞きとれることを忘れているのかなと、感じるくらい。
 チラッと成瀬君のほうを一瞬だけ見ると、彼は目を丸くしたまま固まっていた。
 人の視線が、とてつもなく怖い。呼吸って、どうやったら上手くできるんだっけ。
 胸を押さえたまま黙っている私に、南さんが再び話しかける。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、成瀬の前では普通に話せたりするの? 学校では話せないって言うけど、話せないでどうやって成瀬と仲良くなったの? 本当は話せるんじゃないの?」
「ちょっと南、言い過ぎだって……」
「え? なんで? 普通に質問してるだけなんだけど」
 笑い交じりに反論する南さんの声が、どんどん遠くなっていく。
 どうしよう、声が出せないどころか、動けもしない。石みたいに固まって、眉ひとつ動かすことができない。……緘動(かんどう)の症状だ。久々に出てしまった。冷汗だけが額を流れ、それをぬうぐこともできず、お腹の中が捻りつぶされたように痛い。
 人の視線は、針のようだ。
 そんな風に感じるようになってしまったのは、私のせい?
 うまく社会に溶け込めなかった、私のせいなのかな。
「いい加減にしろよ」
 低く響く声は、教室のざわめきを止めるには十分だった。
 声の主は分かっているけれど、体が動かないせいで、彼が今どんな表情をしているかも確認できない。
「お前ら全員、どんだけ暇なんだよ」
 やめて。私のせいなんかで、成瀬君が怒ることなんかない。そんな必要はない。