遠く離れた大学に行くことを両親は心配しているけれど、これ以上心配をかけないように、ひとつずつできることを増やしていかないといけない。
「はい、じゃあうしろから回収してー」
 先生の指示に従い、裏返した進路調査票を前の席の人に渡そうとした。
 しかし、前の席の生徒が紙を受け取りはぐってしまい、ひらひらと落ちた紙は、一列挟んだ席に座っている、南さんの足元に着地した。
 彼女は、すぐにそのことに気づき、少し腕を伸ばして、私に紙を渡す。
「はい」
 笑顔と一緒に渡された紙を、私はぺこぺこと頭を下げながら受け取る。そしてすぐに前の席の生徒に手渡した。「落としてごめん」とすぐに謝られたので、大丈夫という意味を込めて下手くそな笑顔を浮かべる。
 教師が教室を出ていくと、教室は次の授業まで再び騒がしさを取り戻した。
 教科書の準備をしようと整理をしていると、ふと人陰で視界が暗くなるのを感る。
「ねぇ、夏休み、成瀬とデートしてた?」
 え……?
 顔をあげると、そこにいたのはさっきと変わらぬ笑顔の南さんだった。
「噂で聞いたの。夏休みに二人が一緒にいるところを見たって人がいたこと。本当?」
 その問いかけに、私はどうやって答えたらいいのか分からなくて混乱する。
 偶然一緒にいることになったのは事実だけど、決してデートなんて名目ではない。
 私はスマホに『絵のモデルになってもらいました』とメモして、彼女に見せる。
 すると、南さんは大きな猫目の瞳を一瞬細めてから、「そうなんだ」とからっと笑ってみせた。
 すぐにすっと視線を外され、唐突な質問タイムが終わったと思ったその時、前の席から男子の大きな声が聞こえてきた。
「え! 成瀬、H大受けんの!? なんでだよ、もっと上目指せるっしょー」
 男子のその叫びに、成瀬君は心底うざそうに「勝手に見んなよ」と、声を低くしている。
 周りの生徒もざわつきはじめ、「成瀬君、北海道の大学目指すらしいよ」とザワつき始めた。
 成瀬君も、北海道の大学を希望しているの……? 知らなかった。
 たしかにこの進学校で彼の成績なら、もっと名の知れた大学に行くことは容易なはずだ。何か、北海道の大学を目指す理由があるのだろうか。
 そんな風に思っていると、南さんが再び突然私の方を向き直って、大声をあげた。
「え! 志倉さんも北海道の大学受けるの!? 美大とか?」