そういえば、志倉も芳賀義春のファンと取れる言葉を、心の中で唱えていて驚いた。
 きっと言ったら驚くだろうけど、敬愛する画家が俺と同じ奇妙な能力を持っていたとを知ったら、ショックを受けるかもしれない。黙っておいたほうがいいだろう。
 そんなことを考えて、分厚い画集を数冊手に取ってみる。しかし、どの画集も保存状態が良くなく、埃をかぶっている。
 いまだに曾祖父が個展で稼いだお金はこの家に入っているというのに、このありさまだ。
 自分と同じ能力を持っていた曾祖父は、この本棚だらけの自室で隔離され、余生を送ったと聞いている。
 母親はずっと、“祖父に近づくな”と幼いころから教えられていたとも。
 俺が生まれた時にはすでに亡くなっていたため、曾祖父がどんな扱われ方をしていたかは知らない。妻である千絵(ちえ)は、曾祖父と結婚して子供を生んですぐに亡くなってしまったらしい。
 唯一の味方であった妻に早々に先立たれ、曾祖父はどれほど寂しい気持ちで余生を過ごしたのか。
「あ、あった」
 俺は、この部屋に入ると必ず盗み見ている、赤い皮の手帳を棚から取り出した。
 ポケットに入るほど小さな手帳は、どのページも黄色く黄ばんでいる。
 何度も開いたページを、ゆっくりとめくる。嫌なことがあった時、必ずこの文章を読んでやり過ごしてきた。
「治療法は記憶操作のみ。記憶の削除で解放する……」
 俺には、全部終わらせる方法がある。
 それだけが、幼いころからの支えだった。
 同じ能力者だった曾祖父が、なにか残していないかと記録を探し続け、ようやく見つけた手がかり。
 能力がもしばれてしまった場合は、周りの記憶を消すことができる。
 それだけが、俺たち異能者に与えられた、唯一の救いの道。
 最初にこの文章を読んだときは、そんなことあるものかと、腹が立った。
「額に手を当て、読み取った感情を抑え込む。心の破壊をく念ずる……」
 方法も曖昧で、そんな催眠術みたいな簡単な手口で、人の記憶を操作できるわけがない。
 信じられなかった俺は一度だけ、中学生の時に適当な生徒で記憶の操作を試したことがある。
 書いてある通りに、読み取れた感情を押し返すイメージで、自分に関する感情がすべて壊れるイメージをした。
 信じていなかった。しかし、本当にたったそれだけで、人の感情をいじれてしまったのだ。