桐の眩しい笑顔にこくこくと頷きながら、私はスマホに打ち込んだ文字を彼女に見せる。
 『私も楽しみ。たくさん食べたい!』とケーキの絵文字付きで見せると、桐は「もちろん! 混む前に早く行こう!」と私の背中を急かすように押した。
 しかしその時、急に何やら背後が騒がしくなり、私も桐も驚いたように校舎を振り返る。
 驚いたことに、ジャージ姿のある男子生徒が、成瀬君の胸倉を掴み上げ、怒声を飛ばしていたのだ。
「成瀬、お前インターハイ予選蹴って部活辞めるってどういうことだよ! そんなの許さねぇからな」
 え……? あの絶対的エースの成瀬君が陸上部を辞める……?
 信じられない言葉が聞こえて、私は思わず彼らの会話に耳を傾けてしまう。
 周りの生徒もその衝撃的なニュースにざわついており、生徒は口々に「どうしたんだろう」、「走る姿見れなくなるなんてショック」等と話している。
 しかし、動揺する生徒たちや、顔を真っ赤にして怒る部員とは反対に、成瀬君は眉をピクリとも動かさずに涼しい顔をしている。周りの生徒がコソコソと「三島(みしま)のやつ、いつも成瀬に負けてたもんな」と会話をしているのが聞こえた。
「俺が辞めて、何か困ることでもあんの?」
「ふざけんなよ成瀬! お前、どっか怪我したわけでもねぇのに、逃げんのか!」
 ぐっと再び首元を掴み上げる、三島君という部員。周りの生徒もさすがに危ない空気を察して、誰かが教師を呼びに行った。
 しかし、成瀬君は面倒そうに大きなため息をついてから、全く心のない冷たい言葉で、三島君を跳ねのける。
「内心、繰り上げで予選参加できてラッキーだと思ってるくせに、芝居くさいんだよ」
「お前……!」
 三島君が思わず右手を振りかざしたその時、陸上部の顧問が焦った様子で走ってきた。
 そのまま三島君だけ取り押さえられ、成瀬君は顧問にも三島君にも目を向けずに、そのまま裏門から颯爽と出て行ていく。
 成瀬くん、部活辞めたんだ……。彼の走る姿が大好きだったから、かなりショックだ。怪我が理由でもないなんて、いったい、何があったのだろう。
 もしかして、あの時泣いていたのは、部活が関係していたのだろうか。
 数週間前のことを思い出して不安げな顔をしていると、なぜか隣にいた桐は顔面蒼白となっていた。
「襟掴まれてたあいつ、なんて名前……?」