彼は今、怒っている。それだけは、確実に分かる。でもいったい、どうして……?
「声奪われてんのに、そんな性善説信じて済ませるわけ?」
『なんで……、成瀬君が怒ってるの?』
「おかしいだろ。人を傷つけた言葉なんて、たいていの人間は忘れてるよ。気づきもしねぇよ。そうやって人は人に“呪い”をかけていくんだ」
『の、呪いって……』
「許すなよ、そんなやつ。一生、許すな……っ」
あまりにも苦しそうに言葉を吐き出すので、私はただただ驚いてしまった。
目の前の彼は美しい顔を歪めて、瞳の奥には怒りの炎を燃やしている。
私なんかのために、彼がここまで感情移入して怒る理由が見つからない。きっと、彼の中の何かの過去と、私の過去がリンクして、触れてはいけないスイッチを押してしまったんだろう。
そんな彼に、私は今何を語りかけたらいいのだろう。
迷う前に、心が先に動いてしまった。
『成瀬君も……誰かに傷つけられたことがあるの?』
その質問に、成瀬君は何も答えない。だから私は質問を変えてみる。
『それとも……誰かを傷つけたことがあるの?』
そう問いかけると、彼は目の色を失って、ふいと私から目をそらした。
私の質問で、いつのまにか感情的になっていたことに気づいたのか、成瀬君は小さな声で「悪い」とつぶやく。
私は首を横に振って、気にしないで、とボディーランゲージで伝える。
「ごめん、ポーズこうだったっけ?」
彼が窓を向き直すと、なんでもないようにスケッチが再開し、鉛筆が紙の上を滑る音だけが聞こえるようになった。
シャッシャッという乾いた音が響くたびに、心の中では彼への関心が高まっていく。
私は、成瀬君のことが知りたい。そう思ってしまうのは、自分の傷と重なる部分がありそうだから。でも、決して傷をなめあいたいわけでも、同情したいわけでもない。
ただ、知りたいのだ。彼の心の中に潜む感情を、全部。
廊下でぶつかったあの日から、私はその感情をずっと胸の片隅に抱いて過ごしていた。ずっと気にしないと思って過ごしていたけれど、あんな涙を見せられたら、忘れられるわけがない。
鉛筆を走らせながら、私はボールをぽんと投げ込むように、彼の心に語りかける。
それはずっと、聞きたかったけれど、聞けなかったことだった。踏み込んではいけないと思っていたことだった。
「声奪われてんのに、そんな性善説信じて済ませるわけ?」
『なんで……、成瀬君が怒ってるの?』
「おかしいだろ。人を傷つけた言葉なんて、たいていの人間は忘れてるよ。気づきもしねぇよ。そうやって人は人に“呪い”をかけていくんだ」
『の、呪いって……』
「許すなよ、そんなやつ。一生、許すな……っ」
あまりにも苦しそうに言葉を吐き出すので、私はただただ驚いてしまった。
目の前の彼は美しい顔を歪めて、瞳の奥には怒りの炎を燃やしている。
私なんかのために、彼がここまで感情移入して怒る理由が見つからない。きっと、彼の中の何かの過去と、私の過去がリンクして、触れてはいけないスイッチを押してしまったんだろう。
そんな彼に、私は今何を語りかけたらいいのだろう。
迷う前に、心が先に動いてしまった。
『成瀬君も……誰かに傷つけられたことがあるの?』
その質問に、成瀬君は何も答えない。だから私は質問を変えてみる。
『それとも……誰かを傷つけたことがあるの?』
そう問いかけると、彼は目の色を失って、ふいと私から目をそらした。
私の質問で、いつのまにか感情的になっていたことに気づいたのか、成瀬君は小さな声で「悪い」とつぶやく。
私は首を横に振って、気にしないで、とボディーランゲージで伝える。
「ごめん、ポーズこうだったっけ?」
彼が窓を向き直すと、なんでもないようにスケッチが再開し、鉛筆が紙の上を滑る音だけが聞こえるようになった。
シャッシャッという乾いた音が響くたびに、心の中では彼への関心が高まっていく。
私は、成瀬君のことが知りたい。そう思ってしまうのは、自分の傷と重なる部分がありそうだから。でも、決して傷をなめあいたいわけでも、同情したいわけでもない。
ただ、知りたいのだ。彼の心の中に潜む感情を、全部。
廊下でぶつかったあの日から、私はその感情をずっと胸の片隅に抱いて過ごしていた。ずっと気にしないと思って過ごしていたけれど、あんな涙を見せられたら、忘れられるわけがない。
鉛筆を走らせながら、私はボールをぽんと投げ込むように、彼の心に語りかける。
それはずっと、聞きたかったけれど、聞けなかったことだった。踏み込んではいけないと思っていたことだった。