今、脳内で再生された記憶も、成瀬君に読まれてしまっただろうか。
 ……夏の生ぬるい空気がこのまま、私たちの間に流れる気まずい空気を、どこかに飛ばしてくれやしないだろうか。
 彼の沈黙に堪え切れず、随分間を空けてしまったけれど、『いつから声がでないのか』という質問に、改めて心の中で答えることにした。
『声が出なくなったのは、小学五年生の頃に仲間外れにされて……それから』
「だいたいの記憶読めたから、説明いいよ」
 成瀬君は私の言葉を制して、落ち着いた様子のままさらに問いかける。
「志倉は……今はどう思ってんの? その男子のこと、憎んでるだろ」
 成瀬君の声は変わらず低いトーンだったけど、少しの緊張が入り交ざっているように感じたのは気のせいだろうか。
 私は、成瀬君のその直球な質問に、少しだけ考える時間をもらった。
 たしかに、岸野君の言葉がきっかけで、私はその後たちまち仲間外れにされた。
 でも、今思い返してみれば、私は岸野君に本心を見抜かれる前から、自分でも勘づくレベルの小さないじめを受けていたし、声もその時から徐々に出にくくなっていた。
 彼の一言はきっと、ただのきっかけに過ぎなかった。毎日一ミリずつ心を削がれているような、そんな毎日を送っていたから、彼の言葉でついに限界値である芯に触れてしまったんだろう。
 岸野君のことはただ……、“怖くて“、“分からない”という気持ちが強い。
 私は、まとまりきらない自分の感情をどうにかまとめるように、改めて心の中で話しかけるように言葉にしていく。
『当時は、岸野君のせいで積み上げていた日常が崩された気持ちになっていたけど、本当はもう随分前からクラスメイトとのバランスが取れなくなってた。そう思えるようになってから、恨みみたいな感情は……薄まってきたかな』
「…………」
『それに、あのとき傷つけちゃったかもなって言葉、人は結構覚えてるものだと思うから、それがその人の呪いに……“罰”になってるんじゃないかな』
「……何それ」
 私の心の声に、成瀬君は心底呆れたような口調で、言葉を吐き捨てた。
 その瞳は、いつも興味のない話をクラスで聞き流している時のように冷たく、誰が入る隙もない。
 そのただならぬ空気の変わりように、私は思わず、手にしていた鉛筆を握りしめる手に力が入った。