彼女は今、全身で私に対する嫌悪をぶつけている。敵だと思っている。
 怖くて、喉の奥がギュッと縮んでいくのを感じた。
「ねぇ、黙ってないで、何か言いなよ!」
 待って……。今、酸素が、足りない……。
 呼吸をすることに必死で、言葉が全く出てこない。頭の中が真っ白だ。
 そんな私の様子を、岸野君は冷めた目つきで見ている。どうでもいいというように。彼が仕掛けたことなのに。
 どうして、彼は突然私を攻撃してきたのだろう。そしてなぜ、私の本心が透けて見えてしまったのだろうか。
 本心と違うことを言うのは、悪いこと?
 でもこの国では、この教室では、本当のことを言うと周りの空気が凍るんだよ。
 やっぱり外の人間だからって。言うことが普通の人と違うって。
 私が話すと、誰かがバカにしたように笑う。
 私が話すと、誰かが困ったように言葉を詰まらせる。
 そんな環境で、私なんかの本心を言って、いったいなんの意味があると言うの……?
 教えてよ、岸野君。
 教えてくれないならせめて、私を透明人間にしてよ。
「っ……、っ……」
 彼に大声で訴えかけようとしたのに、声が出ない。
 私はのどを両手で抑えて、金魚のように口をパクパクさせながら、その場にうずくまる。
 亜里沙ちゃんや周りの生徒も、私の様子がおかしいことに気づきはじめ、引いているのを感じた。
 あれ……どうして……。
 喉に力ってどうやったら入れられるんだっけ……。
 声を出そうとしても、ずっと腹筋が動くだけで、口から出るのは空気だけ。
 怖い。どうして。声が出ない。なんで。どうなっちゃうの、私。
 透明人間になりたいなんて、願ったから?
 じっと静かに涙がこみあげてくる。
 自分の体に起こった謎の症状に対する、恐怖心からくる涙。
 世界のどこにも、自分の味方がいないような気持ちになった。
 岸野君の冷たい瞳が瞼の裏に焼き付いて、離れない。
 教室の床を見つめたまま、私は静かに声にならない泣き声をあげる。

 そうして、私は自分の声を、失ったのだ。



 過去のことを思い出して、数分間黙ってしまっていたことに、ようやく今気づいた。
 私はハッとして顔をあげて、成瀬君の反応を恐る恐るうかがう。
 彼は、指定したポーズを保ちながら、瞳だけ動かして私のことを見つめている。