嘘をつくも何も、彼にはすべて見透かされてしまっているわけなのだけれど。
 私は自分の気持ちに正直に、ダメもとで心の中で問いかける。
『あの、絵のモデルになってくれませんか』
「俺のことなんか描いてどうするわけ?」
『成瀬君の骨格は、本当に美しいんです!』
「骨格……」
 成瀬君はよく理解できないというように呆れた顔をしたけれど、「別にモデルくらい付き合ってやってもいいけど」と素っ気なく返してくれた。
 私は嬉しくて、思わず口元を両手で隠す仕草をしてしまう。
 喜びを隠しきれない私を見て、成瀬君は「変なやつ」とだけつぶやいた。



 アトリエは、まだ建てたばかりなだけあって、新しい。
 十五畳ほどのかなりシンプルなつくりのワンルームで、壁一面の大きな窓には、やわらかな素材の白いカーテンがかかっている。
 少し埃っぽく感じたので、私は大きな窓を少しずつ開けて、夏の爽やかな風を室内に送り込んだ。
 打ちっぱなしのコンクリートでできた無機質な部屋には、桐のおじいちゃんが自由に使ってくれていいと言った大きなキャンバスやイーゼルが雑に置かれている。
 一応アトリエに成瀬君を入れる前に、桐には「クラスメイトをモデルとしてひとり招いてもいいかな」と、ちゃんとことわりをいれた。
 私に仲がいいクラスメイトがいただなんて……と彼女は少し驚いていたけれど、快く了承してくれた。
「意外と涼しいな」
『ここ結構風通しがいいんだよね』
 成瀬君はあたりをきょろきょろと見渡しながら、黒いジャンパーのチャックをおろした。
 シンプルな白Tシャツ姿になった彼は、襟元を掴んで空気をパタパタと送り込んでいる。
『じゃあ早速ですが、ここに座っていただいて……』
「ポーズとか指定あんの?」
『えっと、じゃあ、膝組んで窓のほう見る感じで』
「こう?」
 まさかこんな目の前でスケッチできるなんて……。
 不覚にもドキドキしてしまう自分がいた。
 横顔も彫刻のように美しい成瀬君。なるほど生徒が騒ぐのも納得だ。
 拝むような気持ちで鉛筆をとると、不意に大きな風が吹いて、薄手のレースカーテンが私と彼の間を一瞬隔てた。
『わ……』
 ――本当にそれは、一瞬のことだった。
 けれど、カーテン越しの彼は半透明に見えて……儚くて、とても綺麗だった。