まさか本当に成瀬君だったとは。しかも、心の声まで聞かれてしまっていたとは。恥ずかしくてたまらない。
成瀬君はいつもの制服姿ではなく、かなり薄手の黒いスポーツウェアを着て、チャックを口元まであげている。
 体の線が出なさそうな張りのある素材の服なのに、成瀬君の骨格だと見抜けてしまった自分はかなりおかしいかもしれない。
 偶然過ぎる出会いにただただ驚いていると、成瀬君がふと問いかけてきた。
「なに、お前こそなんでこんな場所にいんの」
『この道沿いに、友達のアトリエがあるの』
「アトリエって……、お前の友達何者?」
『お父さんが、私立学校の学園長さんでお金持ちなの。夏休みの間だけ間借りさせてもらうことになって……』
「ふぅん」
 横を通り過ぎた見知らぬ人が、ちらりと私たちを不思議そうに見たのを感じ、私はハッとした。
 はたから見ると、成瀬君は今、私に向かってひとりごとを言ってるようなものだ。
 私は別にいいけれど、成瀬君がこれ以上変な人に思われるのは申し訳ない……。
 そう思った私は、もう会話せずに切り上げたほうがいいと感じ、ぺこっと頭を下げた。
『走るの邪魔してごめん。じゃあ、またね』
「ああ」
 それだけ言って、私はスッと彼の横を通り過ぎる。
 ああ、やっぱり成瀬君は最高のモデルだ。
 彼を見る度に絵に描きたいと強く思ってしまう。
 でもいきなりモデルなんて頼んだら、もっと気持ち悪がられるだろうし……。
 いやいや、こんなこと、こんな近くで思っていたら彼に聞き取られてしまう。
 もっと違うことを考えよう。えっと、えっと……。
「志倉、危ない」
 頭の中でぐるぐる考えながら必死に早歩きをしていると、去っていったはずの成瀬君がパシッと私の手首を掴んだ。
 彼に無理やり止められてその場に固まると、私の目の前をロードバイクがものすごいスピードで通り過ぎていく。
『び、びっくりした……』
「考え事しながら歩くのやめろ」
 少し焦った様子の成瀬君が、私のことを低い声で説教した。
 私もスケッチブックを抱えながら、バクバクと脈打つ心臓をどうにか落ち着けようと試みる。
『ごめん、気を付けます』
「あと、なんか俺にやってほしいことあんの?」
『え、えっと……』
「ん?」
 その半月型の瞳に見つめられると、何も嘘がつけなくなってしまう気がする。