◼️はじめまして side志倉柚葵

 諸準備の関係で、皆が二年に進級するタイミングから少しだけ遅れて、私は普通のクラスへしれっと混ざった。
 クラス替えがあったのと、もともと生徒数が多い高校なので、知らない人が混ざってもそこまで注目されることはなく、ただ一日を静かに過ごしている。
 場面緘黙症に対する説明は、担任の先生から少しだけサラッとされた。
 『学校内では話せないから、何か困っていたらフォローしてあげるように』と付け足され、そのときばかりはさすがに注目を浴びたけれど、数日経つとすっかり皆は私の存在など忘れていた。
 それでよかった。下手に気を使われるよりもずっと気が楽だ。私にとって、他人から注目を浴びることがこの世で一番の恐怖だから。
 そんな私とは正反対に、あの日なぜか涙していた成瀬君は、何を話さずとも常に注目を浴びている。
 いつも気怠そうな空気をまとっているのに、走るときは急にスイッチが入ったように鋭い表情になる。成績も優秀で、こんなに文武両道な人間がいるのかと、同じクラスになってからずっと驚いている。
 あんなに完璧な人の涙を、なぜ私なんかが見てしまったのだろう。
 そのことをずっと不思議に思いながら、私はホームルームが終わると同時に鞄を持って校門へと向かった。
 今日は外で待ち合わせている人がいるのだ。
「柚葵! こっちこっち」
 校門に立っていたのは、うちの学校とは違う深緑のワンピースという少し特徴的な制服を着た、ショートカットの女の子だ。
 彼女が通う高校は、県内でも有名なお嬢様学校なだけあって、周りからチラチラと視線を送られている。
 私も手を振り返し、少し小走りで彼女のそばへと向かう。
 彼女、美園 桐(みその きり)は小学生のころからの仲で、声を出せていたときの私のことを知っており、今も私の家の中だったら普通に話すことができる。
 気が強くサバサバとした性格の桐は、一緒にいて心地よく、自分にないものをすべて持っているので、話していて楽しい。
 彼女の家族とも面識があり、たまに桐のおじいちゃんが趣味で使っているアトリエを貸してもらったりもしている。
 桐は、声を失った私のたったひとりの、大切な友達だ。
「今日は駅前のケーキ食べに行こう! 苺の期間限定メニュー今日までなんだって」