■消えるから side成瀬慧

 消えてしまいたい、という感情を、俺は痛いほど分かっていたから、志倉の痛みと共鳴して、思わずあんな言葉が口をついて出てしまった。
 死にたいとまではいかずとも、消えてしまいたいと思ったことは、何度もある。
 能力がバレることを恐れた父に、『透明人間になったと思って生きろ』と実際に何度も言われていたことで、いっそ消えたいという感情がずっと頭の片隅に住みついているのかもしれない。
 そんな感情を、俺のせいで彼女も抱えているのかと思ったら、胸がちぎれそうな想いになった。
 それなのに、志倉は一緒に代わりの食材を探してほしいと願い、本当にそのあと2クラスに頭を下げて食材をもらいに行くことになった。
 おかげで無事にお店も再開することができ、動揺に満ちていたクラスメイトも志倉の行動を見て何か陰口を言うことはなくなり、何事もなく文化祭初日は終えた。
 皆の視線にそんなに怯えながらも、どうして彼女は自分自身と立ち向かえるのか。
 強さと弱さ半々の状態で自分と戦っている志倉を見て、言葉では表せないような感情が浮かんできた。
 俺は、彼女と同じくらい、毎日をちゃんと生きているだろうか。



 文化祭が終わり、七月後半に入った。
 あっという間に真夏になり、少し歩いただけで汗でシャツが体に張り付くのを感じる。
 教室の窓から見える景色は、めまいがするほど鮮やかな新緑であふれ、ジーワジーワという蝉の声がリズムよく聞こえてくる。
 ここ最近は晴天続きで、原色の青い絵の具をそのまま使ったような青空が広がって見えた。
 夏は嫌いだ。暑さと虫の鳴き声と心の声が重なって、頭の中が常に沸騰しているようになるから。
 教室に入ると、相変わらず頭が割れそうなほどノイズが聞こえてくる。
 ただでさえ鬱陶しいというのに、ここ最近のノイズは、さらに自分の気持ちを不快にさせるものばかりだ。
 席に着くと、近くにいる生徒の心の声がはっきりと聞こえてきた。
『成瀬君と志倉さんが付き合っているって本当?』
『まさかそんなはずはない』
『成瀬君には空気感的に聞けないし……でも志倉さんに聞いても、話せないしな』
 くだらなさすぎる。どうして人は集団になると噂をせずにはいられないのか。