私はその光景に目が回りそうになりながらも、なんとか気力を保って自分の役割を果たそうと気合を入れる。
「志倉さん、じゃあこれ追加で茹でるのお願いね」
 シフト制でバトンタッチした生徒の言葉に、私は首を二回縦に振る。
 私は、声を出すことが必要ない、タピオカを煮る作業を任された。
 教室の片隅に設置された卓上コンロで湯を沸かし、ひたすらタピオカを煮るだけの係だ。
 タピオカの原型がまさかこんなに見た目が地味で、乾いた豆のようなものだったなんて、と多少ギャップに驚きながらも、私は既定の量を鍋に投入していく。
 熱湯の中に入れたらあとはもう煮込むだけなので、私は特にここからやることがない。
 それにしても、すごいお客さんの、数だな……。
 教室内は満員で、他クラスの生徒や生徒の家族ですし詰め状態になっている。毎年飲食のできる教室はものすごく多忙を極めるのだとか。
 しかしその分、早く売切れたらあとは遊んでいていいので、そう言った面で今年はタピオカ屋が採用されたようだ。
 ぼうっと教室内の様子を眺めながらタピオカを煮込んでいると、ものすごく女性のお客さんが増えたことに気づいた。
 さっきまでお客さんの層はバラバラだったのに、受付がとある人に変わってから入り口付近が騒々しくなっていた。その理由はうすうす予想できるけれど……。
「成瀬先輩、何味がおすすめですかー?」
「成瀬君、一緒に休みながら飲もうよ」
 客寄せパンダとはまさにあのことか。
 すごい……と心の中で感心しながら、漫画のような光景を教室の中から見守る。
 成瀬君は、後輩や先輩だけでなく、他校の女子生徒にも絡まれているようだった。当の本人は看板を手に持ったまま無表情で立っているだけだというのに。
 改めて成瀬君のスター性のようなものを見せつけられ、彼は自分が生きる世界線上にいない人だと確信する。
 成瀬君の適当な接客で注文が増えたので、私もタピオカを煮る作業に集中しなくてはと改めて気を引き締める。
 この鍋をちゃんと見ている人は私しかいない。だから責任を持ってしっかり茹でなくてはならない。
「すみませーん、満員のため席増やしまーす」
 鍋に集中していると、人の間をくぐりぬけて、クラスの男子が追加の机といすを勢いよく運んできた。