でも、そんな能力を持った成瀬君とだから、私は今、学校内でも自然に会話できている。
 そうだ、成瀬君とだったら、学校でもコミュニケーションが取れるんだ。
 心を読まれるのは少し怖いけど……、でもそれって、ちょっとワクワクするかもしれない。
 私の弱い部分も、成瀬君にだけは全く障害ではないのだから。
 そんなことを思っていたら、ふと気配を感じて、顔をあげると成瀬君が私のそばにいた。
 そして、何かを試すような声色で、こう提案したのだ。
「俺が志倉の声になろうか」
『え……?』
「俺なら……、いつか志倉の声を、取り戻せるかもしれない」
 それって、いったいどういうこと……?
 何かを治癒する能力があるとでも言うのだろうか。
 彼が言っていることの意味が分からず、私は思考を固まらせたまま、目を見開くことしかできない。
 万が一、そんな治癒能力があったとしても、どうして急に彼は私に接近してきたのだろうか。
 話せない私が物珍しいのか……、それとも新手のいじめなのか。
 自分の性格が卑屈なせいで、過去の経験からいくらでも被害妄想が膨らんでいく。
 ついさっきまでは、のんきに『心で会話ができたら楽しいかも』なんて思っていたけれど、今は疑心しか生まれてこない。
 この疑っている感情も、今、彼には読まれている。そのことに少し恐怖を感じたが、彼は私の疑心に苛立つどころか、なぜか少しほっとしたような表情をしていた。
 どうして、ほっとしたような顔をするの……? まるで私から信頼されるのを恐れているように。
「悪い、冗談。忘れて」
 そう言って、成瀬君は私の心から離れていくように、教室を去ろうとした。
 私はそんな彼のうしろ姿に向かって、今さらひとつだけ質問を投げかけてみる。
『成瀬君。どうして私にそんな重要な秘密を打ち明けてくれたの……?』
 彼は私に背を向けたまま、少しだけ何かを考えるように俯いてから言葉を返した。
「罪悪感、拭うため」
 それだけ言い残すと、彼はさっと教室から出て行ってしまった。
 私は、彼の答えの意味も全く分かってあげられないまま、教室にぽつんと取り残された。

 彼がいったいどんな思いで秘密を打ち明けたのか、この時の私にはもちろん何も分かっていなかった。