そのメッセージを見て驚きパッと顔をあげると、彼は私のほうをじっと見つめていた。
 能力のことを、詳細に話してくれるつもりなのだろうか。
 どうして私なんかにそんな秘密を暴露してくれたんだろうか。
 他に知っている子はいないのだろうか。
 次々浮かんでくる疑問の数々に、私はメッセージを返すことを一瞬忘れてしまう。
 そんな私の感情を彼は再び読み取ったのか、とてもシンプルなメッセージを返してきた。
 『能力のことは、家族以外誰も知らない。志倉しか知らない』
 そのメッセージを見て、私はますます動揺の色を浮かべてしまった。
 今このクラスで私と成瀬君がメッセージを送りあい、しかも重大な秘密を唯一共有しているだなんて、いったい誰が想像するだろうか。
 私は、抱えきれないほどの疑問を抱きながらも、彼の秘密に触れたい欲を抑えられずに、『はい』と一言だけ返してしまった。
 この教室で、一番存在が遠い人と、文字通り“心”で繋がっているだなんて。
 こんな不思議なことが、私の人生に起こるだなんて、私だって想像もしていなかった。


 
「じゃあ、今日も遅くならないようにね」
 白髪が似合う美術部の顧問は、今日もゆるく私に話しかけてから、特に何も課題を与えずに教室を出ていった。
 私はペコッと会釈だけ返し、窓際にイーゼルを運んで、いつものように大きなスケッチブックを立てかける。
 桜はもうすべて葉桜になり、夕日が新緑を透かし輝いている。
 私はあえて教室の電気をつけないまま、窓から見える景色をぼうっと眺めていた。
 この窓から成瀬君が走る姿を見られなくなってから、もう二カ月が経とうとしている。
 そして信じられないことに、この距離からしか眺めることができなかった彼が、今日この教室にやって来るというのだ。
 緊張して、上手く筆が動かせない。
 成瀬君がいつ来るのかばかり気になって、絵具をパレット上で混ぜるばかり。
 しかも、今描き途中の絵は成瀬君が走っている様子の絵で、これを本人に見られるわけにはいかない。と言っても、廊下でぶつかったあの日、下絵を見られてしまったのだけど……。
 彼が来たらすぐにこの絵を閉じて隠そう。そう考えもしたが、心を読まれてしまうのだから、後ろめたいことは隠しても意味がないのか。
 だったらもう、開き直ってこの絵と向き合うしかない。