■君の秘密 side志倉柚葵

 人の心が読める。
 そんなこと、ありえる訳がない。
 でも、成瀬君がそんな冗談を私に言う理由も見つからない。しかも、あんなに真剣な瞳で。
 あのメッセージを送った後、彼は少し何かを後悔したような表情をしていた。
 なんだかその表情が、初めて出会ったあの日の弱弱しい彼を彷彿とさせて、私は頭の中が真っ白になってしまったのだ。
 何もメッセージを返せない私を見つめて、彼はふいと視線を私から逸らした。
 ありえるわけがない。だけど、成瀬君はきっと、嘘をついていない。
 矛盾した感情がいつまでもぐるぐると胸の中で渦巻いて、私はその日の夜、中々寝付くことができなかった。
 
 次の日、私はどぎまぎしながら教室に入り、成瀬君の姿を探す。
 いつ成瀬君にメッセージを送ってもいいのか。昨日のことは本当なのか。これ以上深堀してもいいのか。
 何も感情を整理できないまま教室のドアを開けると、成瀬君は今日も男女に囲まれていた。
 彼の席は私の席よりずっと前なので、うしろ姿しか確認することができないけれど、きっと今日も気怠そうな、クールな表情をしているのだろう。
 その背中を見て、私はふとあることを試したくなった。
 もし、彼が本当に心を読むことができるなら、私が今心の中で念じたことに反応してくれるかもしれない。
 ドクンドクン、と勝手に心臓が速く動き始めて、緊張が増していく。
 私は手に汗を握る思いで、ある言葉を胸の中で強く念じた。
 『成瀬君。本当に心が読めるなら、今右手を挙げてみて』
 一番後ろの席から、一番前にいる成瀬君へ、そっとメッセージを送ってみる。
 すると、彼は友人の話を適当に聞きながらも、すっと右手を軽く挙げたのだ。
 ――嘘だ。本当に?
 偶然かもしれない。だけど、こんなタイミングでありえる?
 信じられない気持ちでそのうしろ姿を見つめていると、手に持っていたスマホが震えた。
 そこには『左手も挙げようか?』というメッセージが。
 私は慌てて『信じます』とだけ返した。
 この世界には、色んな人がいるものだ……。
 私の小さい脳では、そんな浅い感想しか出てこず、スマホを持ったまま固まっていると、再び彼からメッセージが届く。
 『今日の放課後、美術室行っていい?』