だから私は願い続ける。君の世界が、ほんの少しでも、優しく温かくなりますようにと。
『頑張れ、成瀬君』
 胸の中で何度も唱える。いつかこの声が、どんな場所でも君に届けられるように、私も一歩進みたい。
 頑張るから。乗り越えていくから。どんなに時間がかかっても、きっと。
 私は小さな決意を胸に資料をそっと閉じて、目の前のキャンバスに、絵の続きを描き足していく。
 成瀬君と再会してからの一年を思いながら、教室から見える桜の木の景色を、キャンバスの中に閉じ込める。不思議だ。毎日ひとりで見ていた景色なのに、成瀬君と出会ってから、とても特別なものに見えるよ。
 未来のことは分からないけれど、いつか、いつかきっと、自分を変えることはできると。そう願って、一筆一筆色を置いていく。
 この絵が完成したら、成瀬君に見せよう。一番に見せよう。
 私は君に伝えたいのだ。この世界が、今、自分の目にどう映っているかを。
 その相手は、君じゃなきゃ、意味がないから。
「位置について――用意」
 外からスタートの合図が聞こえ、再び窓に視線を戻すと、パーンという号砲ともに、君は青空の下、風のように走り出す。
 銃声が心臓に響いたその瞬間、私の中でも何かが動き出した気がした。
 君と出会ってから、世界が随分変わって見えるようになった。
 そして、この世界を、君と生きてみたいと思うようになった。
 不思議だ。たったそれだけのことが、眩しいくらいの希望になっていく。

 いつかの半透明だった私たちに、光の春が、訪れた。



end