■接触 side志倉柚葵

 成瀬君が陸上部を辞めたというニュースは、たった二日で全校生徒に行き渡るスピードで拡散された。退部理由は“顧問と喧嘩した”とか、“芸能界にスカウトされたから”とか、全く根拠のない噂付きで広まり、三日間ほどその話題で持ちきりになった。
 しかし当の本人はクラスメイトの誰に何を聞かれても、『お前らに関係ないだろ』と一蹴するだけで、何も語らない。
 本人の冷たい態度を見て、次第にこの話題に触れる生徒は減っていき、季節は移ろいで五月になった。
 この高校では、六月に文化祭がある。
 一般参加もOKな大きい文化祭なので、この時期を楽しみにしている生徒は多く、すっかり成瀬君の話題は文化祭で流れていった。
 『調理方法が簡単で原価が安いから』という理由で、うちのクラスはタピオカ屋をすることになり、それぞれ役割をチーム決めし分担することになった。
 そして今、そのチーム分けのくじ引きが丁度終わったところ。
 昔からずっと、こういう“チーム決め”の瞬間が大嫌いで、自分がいることでがっかりさせてしまったらどうしようという気持ちになる。
 ゆっくりと四つ折りにされた紙を広げると、そこには“買い出し”と書かれていた。
「私買い出し班だー、南(みなみ)は?」
「えー、私も麻美(まみ)と一緒で買い出しがよかったなー。小道具とか面倒くさー」
 近くからそんな会話が聞こえて、とっさに私のくじと交換しますか?と聞きたくなったけれど、声が出ない。
 南さんはこのクラスのリーダー的な存在で、際立って美人でクラス内でも目立っている。ちなみに“南”は下の名前ではなく苗字らしい。いつもおしゃれで、SNSのフォロワー数がモデル並みに凄いと聞いたことがある。
 コミュニケーションが必要そうな買い出しは、自分的にはハードルが高く感じるので、喜んで代わってあげたいのだけれど、どう伝えたらいいのかわからない。
 買い出し班のメンバーは、どうやら私以外はいつもよく話すメンバーのようだった。
 南さんが、綺麗なミディアムボブの髪を触りながら、「誰か代わってくれないかな」と、あぶれてしまったことを嘆いている。
 各メンバーの班分けが黒板に書き出され、その名前の並びを見ると、抜けてもよさそうな“誰か”は、どう考えたって私しかいない。
「志倉さんて誰だっけ……って、あ、話せない子か」