一緒にお弁当を食べていたときに、あまりにあっけらかんと言い出したので、私は思わず食べていた卵焼きを取り落としてしまった。動揺する私に成瀬君は、「安心しろ。今はそんな気はないから」と言ったけれど、もし彼に想いを伝えることがあと数日遅れていたら、彼は北海道へ転校してしまっていたんだろうか。
 そんな驚きなこともありながら、季節は春になった。
 三年生で部活動がある子は最後の追い込みの季節で、受験組は対策本格化の時期だ。
 私は今年の四月で美術部を引退することに決め、今日は最後の部活動に向かっているところ。
 真新しい制服に身を包んだ生徒が、色んな部活動の見学をするため廊下を走り回っている。そんなキラキラまぶしい笑顔を、私も穏やかな気持ちで眺めていた。
 部活動と言えるかどうか微妙な活動内容だったけれど、私もこの学校で十分好きな絵を描かせてもらった。
 少し感慨深く思いながらも、私は美術室を目指す。すると、スマホに桐からメッセージが届いた。
 『今日は一緒に帰れる?』というメッセージに、『うん、帰れるよ』と返すと、『今日は成瀬に取られなくて済むんだ』と冗談交じりの言葉が返ってきた。
 成瀬君と私の関係を、桐はとても時間をかけて、ゆっくり受け入れてくれた。
 というのも、成瀬君が私の記憶を消そうとした次の日に、桐の家に留守電が入っていたらしい。私とはもう関わらない、という決意の言葉に、ほかの同級生とは違うものを感じた桐は、少しだけ成瀬君の気持ちを聞いてみたいと思うようになったのだとか。
 今では私と成瀬君のことをからかってくれるほどになり、いつか三人で会うことができたら……と思っている。
 そんな未来に思いを馳せていたら、廊下の曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「柚葵か、びっくりした……悪い。怪我無いか?」
『成瀬君……!』
 いつかと同じように、床に散らばってしまったスケッチブックを拾い上げる成瀬君。ぶつかった私のことを心配しながら、すぐにしゃがんでスケッチブックを拾ってくれた。
 開いた窓からはあの日と同じように桜の花びらが舞い込んでいて、唯一違うのは、彼が今ジャージを着ているということだけ。
 成瀬君は一月から陸上部に復帰し、学内選抜も無事通過し、今はインターハイ予選に向けて練習を積み重ねている毎日だ。