「私が……覚えてる。全部、忘れない……。な、成瀬君が、苦しんでたこと、全部、覚えてたいの……っ」
 私の全部を曝け出して、君の本心に少しでも近づきたかった。
 本当だよ。信じて。もうこれ以上ないよ。私の世界には、成瀬君が必要だから。
 初めて廊下でぶつかったあの春の日、成瀬君は本当に、罪悪感で押しつぶされてしまいそうな瞳をしていた。
 あの日からずっと、成瀬君はたったひとりで、過去の自分と戦っていたんだよね。
 私は何も知らないまま、君に少しずつ惹かれてしまった。でもそのことを悔やんだことは、本当に一瞬もないよ。成瀬君が好きな気持ちは、変わらなかったんだよ。
 過去が今の成瀬君を作り上げているのなら、未来の成瀬君は、今、作っていけばいい。
 だって、人は変われないと、いったいこの世の誰が証明したの?
 頑張っている人に……過去と向き合っている人に、そんなしがらみに囚われて一歩も踏み出せない人がもしのこの世界にいたら、私は、手を握りしめてあげたい。一緒に頑張ろうって、言ってあげたい。
 自分に言い聞かせるように。そうやって、私自身も変わっていきたいんだ。弱くても、脆くても。
「柚葵じゃなきゃ意味がないって、そう感じることが、この世には溢れすぎてる」
 成瀬君に抱きしめられながらそう言われて、私はようやく世界の誰かに自分を見つけてもらえたような気持ちになった。
 私も一緒だ。成瀬君と同じように、誰かに見つけられたくて、本当は生きていたんだ。もうこれ以上世界は広がらなくてもいいって、嘘の強がりをしながら。
「成瀬君と、一緒に生きてみたい……っ」

 なんの混じり気もない、透明な感情を、君にあげる。私の“本当”は、全部君にあげる。
 だから、一緒に生きて。乗り越えて。色んな景色を、見に行こうよ。
 きっと世界は、私たちが思う以上に広くて、美しいはずだから。



 あれから、数か月が過ぎて、私たちは高校三年生になった。
 成瀬君が本当は転校するつもりでいたということを知ったのは、少し気温が高くなってきたころ。