柚葵を離したくなくて、腕の中に閉じ込めたままでいると、彼女はまたゆっくりと話し出す。
「か、悲しいとか……う、嬉しいとか……その日感じたことを、誰かに伝えられた時……人との繋がりを感じられた時、私は、生きてるって感じた……。成瀬君が思い出させて……くれた……。だからそれを、これからも成瀬君に、その能力で、聞いてほしい。今日感じたことを、知ってほしい……。その相手は、成瀬君じゃなきゃ、意味がない」
 俺じゃなきゃ、意味がない。
 それは、消えてしまいたいと思っていた俺にとって、本当に光のような言葉だった。俺は、必死に言葉を紡いでいる柚葵を抱きしめ、本心を吐き出す。
 もう、相手を傷つけて大切な人を遠ざけるなんてことはしない。自分のことを許せるのは自分だけだと、君が教えてくれたから。
「俺もだ……っ、俺も……お前じゃなきゃ、意味がない」
「成瀬く……」
「柚葵じゃなきゃ意味がないって、そう感じることが、この世には溢れすぎてる」
 抱きしめる力が、気持ちと比例していく。涙で彼女のコートが濡れていく。
 雪は音もなくしんしんと降り積もり、俺たちの髪や肩に降り積もっていく。
 柚葵は硬直しながらも、初めて俺の体に手を回してくれた。
「成瀬君と、一緒に生きてみたい……っ」
 それは、聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、余計に愛おしさが増した。
 抱きしめる力を緩めて、柚葵の冷えた頬を両手で包み込む。
 心から美しいと思った。涙が出るほど、君が好きだ。もう、抑えきれない。
 俺は彼女の瞼に、ひとつだけキスを落とす。涙の味がして、胸がぎゅっと絞られていくかのように、苦しくなる。
「柚葵、ありがとう……」
 瞼の裏に、眼鏡姿の過去の自分が、昔の映像と一緒にふと浮かんできた。
 両親に言われるがままに、気配を消し去って生きていた頃。
 同じように本音を隠して生きていた柚葵が、俯いて静かに座っている。
 教室の端と端の席で、同じクラス内なのに、絶対に交じり合わない場所にいる気がしていたんだ。
 そんな柚葵が、今、心から自分の本心を叫んでくれた。
 君と俺の世界は、きっと今、繋がったばかり。
 この奇跡がまぼろしなんかになってしまわないように、何度も胸の中で繰り返す。
 生きてみたい。君と一緒に。……生きていきたい。
 止まることを知らない涙が、ただ君への愛を、語っていた。