こくんと笑顔で頷くと、桐は何か言いたげな表情で私の顔をじっと見つめる。
 なんだろう、と思い発車ベルが鳴るまでホームに立って言葉を待っていると、桐は「成瀬のこと、聞きたいけど、やっぱり柚葵から話してくれるまで待つ」と、苦笑する。
 その瞬間、プルルルルと発車ベルが鳴り、桐との会話が強制的に断たれようとしたので、私は反射的にのどに力を込め、ある言葉を叫んだ。
 その感覚はとても不思議で、ずっと栓が閉まっていた喉が急に開いたような、そんな感覚だった。今までずっと、どこに力を入れたら声が出るかも、忘れかけていたのに。
「えっ、柚葵今、声……!?」
 目を丸く見開いて驚いている桐の言葉を断ち切って、プシュ―ッとドアが閉まる。
 私も、桐以上に自分の声が出たことに驚いて、その場に茫然自失として立ち尽くした。
「声、出てる……」
 つぶやいた言葉は、簡単にアナウンスの声で掻き消されてしまったけれど、確かに私の喉は機能していた。



side成瀬慧

 十二月に入り、季節はあっという間に冬になった。
 この時期にもう雪が降るなんてめずらしいと、登校してきた生徒ははしゃいで校庭で遊んだり、雪を背景に写真を撮ったりしている。雪国の人がこの光景を見たら呑気だと呆れるだろう。
 柚葵の記憶を消してから数週間、俺はずっと学校を休んでいた。
 北海道の高校へ編入する手続きを行うため、色々な下準備を進めていたのだ。
 母親とはあれから適度な距離で過ごせており、編入のことについても、もうほぼほぼ同意してくれている。
 今日は卒業に関わってくるテストがあったため、いやいや登校してきたけれど、白く染まりゆく景色を窓際の席から眺めながら、俺はひとつも心を動かせずにいた。
 記憶を消してから毎日、心を殺すように、静かに生きている。
 もう二度と大切なものを作りたくないから、何も感じずに、何にも心乱されずに、生きている。
 メッセージで、三島に何度も再入部を誘われたが、すべて断った。
 あんなに大好きだった走ることでさえも、今はもう全てどうでもいい。何も感情が沸かない。
 自室に引きこもって余生を過ごしたという曾祖父の気持ちが、今なら痛いほど分かる。
 誰とも関わらないことでしか、世の中の役に立てないと、どこかの日記に残していた。どれほど、虚しい気持ちだっただろうか。