目を逸らさずに、これが最後だと思って、問いかけた。
 本当は忘れたくない、と返してくれることを期待して。
 だけど、返ってきた言葉に、温度はなかった。
「忘れてほしい。そしたら俺も、解放される」
 淡々と返ってきたその言葉に、打ちのめされる。最後の光が完全に消えて、世界が真っ黒になった。私は、自分の形をなんとか保つために、絞り出すような言葉を返す。
『そっか……。じゃあ、仕方ないね……』
 仕方ないね、と心の中でつぶやいた途端、嘘みたいに涙が流れ出た。
 仕方ない。これが成瀬君が望んだことなら、仕方ない。
 全部全部、忘れたくない思い出だらけだけど、手放さなくてはならない。
 大丈夫、きっと一瞬だ。忘れたことも忘れるということなんだから、もうこんな悲しみに駆られることもない。
 涙とともに、小学生の時の記憶が、鮮明に瞼の裏に浮かんでくる。
 彼はあの時から時を動かせないまま、ずっと罪を背負ってきたんだろう。
 声を失った私の存在が、ずっとずっと気がかりだったのだろう。
 本当に、彼の中で私への罪悪感は、“呪い”に近いものになっていたんだろう。
 今まで、いったいどれほど自分を責めただろうか。どれほど能力に苦しんでいたのだろうか。
 今ここで私が記憶をなくせば、彼も荷が軽くなるんだ。
 だったら……、このまま忘れてあげるべきなんだろう。
 君への愛しさも……全部、全部。
「じゃあな、柚葵……」
 成瀬君の言葉を最後に、私は覚悟を決めたように目を閉じた。
 そして心の中で強く強く願った。ある言葉を。