「とりあえず……うち来れば?」
「へ?」
「おれんちがここから一番近いし。父さんが仕事から帰ってきたら、車で夏瑚んちまで送ってもらうから」

 わたしは碧人のお父さんを思い出す。

 声が大きくて、いつも笑っていて、おもしろい話をたくさんしてくれた、すごく明るいお父さん。
 わたしのことも『夏瑚ちゃん、夏瑚ちゃん』って、いつもかわいがってくれた。

 そして碧人は小さいころから、このお父さんとふたりで暮らしていた。
 碧人が赤ちゃんのとき、碧人のお母さんは病気で亡くなってしまったから。

 「大丈夫だよ」って言おうとしたけど、足がもう限界だった。無理して家まで歩いて、途中でなにかあったら、また碧人に迷惑をかけてしまう。
 わたしは素直にうなずいた。

「じゃあ……お願いします」
「うちまでもう少しだけがんばれ。あとおばさんに連絡しとけよ。ちょっと遅くなるって。また心配するからさ」
「うん」

 わたしはスマホを出して、お母さんに電話をかける。

 お母さんには、碧人の家に遊びに来ていると話した。おじさんに送ってもらうから、心配しないで、とも。
 お母さんは「申し訳ないわね」と遠慮しながらも、家族同然の仲だったからか、「あんまり遅くならないようにね」とだけしか言われなかった。

「電話しといた」
「おれも。父さん帰ってきたら、送ってくれるから、それまで家で待ってろだって」

 碧人がスマホをポケットに入れながら言う。

「ありがと」

 なんかちょっとへんな感じ。今夜の碧人はいつもと違う。すごく頼りになる。