部屋に戻った麗華を依林が気遣ってお茶を淹れてくれた。お二方とも、とても素晴らしい女性なのですけど、と口ごもる様子を見ると、ああいう態度を他には見せていないのだろうなと思った。

「気にしてないわ。お二方の言われる通りですもの。それより、あのお部屋にはもうおひとりはいらっしゃらなかったわね」

依林から聞いた後宮の妃は三人だ。あと一人はやっぱりあの二人にいじめられたのだろうか。

「星羽さまは宮に籠って読書などを楽しまれる方で、あまり社交的なご性格ではないようです」

「でも、後宮(ここ)では先輩よね。美琪さまと惠燕さま同様、ご挨拶しなくちゃ」

そう言って、今度は星羽の宮を訪れることにした。どんな扱いを受けても礼儀だけは持っていなければいけない。もう既に嫌味は言われたのだから、これ以上言われたって痛くもかゆくもないのだ。大体、子供の頃はあの町で受け入れられるまでにもっとひどい扱いを受けている。あのくらいなんてことない。そう思って星羽の部屋を訪れた。

「失礼いたします。三日前に宮入りした麗華と申します。身の回りが片付きましたので、ご挨拶に参りました」

先程と同様、深々と頭を下げると、こんにちは、と澄んだ声が聞こえた。

「此度迎えられた妃は見目麗しい妃だとお聞きしております。どうぞ顔をお上げになってください」

やさしい言葉に顔を上げると、部屋の奥には頭から薄い布(ベール)を被って椅子に腰かけている星羽が居た。布は顔の縁をなぞり、肩の後ろに落ちている。美琪や惠燕 のように胸の下で服を縛るような作りではなく、異国風なのか、胸元も胴回りも袖口もゆったりとした服だった。

それでも黒い瞳は吸い込まれそうな程美しく、肌は真珠のように白かった。かと思えば、唇の紅は差しておらずほんのり桃色で中性的だ。こうも美しい妃だったら、先ほどの二人に色々嫉みを受けていたのではないかと思わせる、そんな美人だった。

「お美しい星羽さまにお目通り叶って、光栄です」

麗華が素直にそう言うと、星羽はにこりと微笑んだ。

「貴女の翠の瞳も美しいですね。陛下が是非にとおっしゃるのも分かります」

星羽の言葉から棘は感じられなかった。素直にきれいだと言われたようで、嬉しかった。

「先ほど美琪さまと惠燕さまにご挨拶してきましたが、星羽さまはお二方とご一緒に過ごされたりしないのですか?」

星羽に直接聞くと、人と会って話すよりも本を読むほうが好きなので、と返事があった。事実、手元にはさっきまで読んでいたと思しき本が開かれたままだ。

「そうでしたか。それは楽しみな読書のお時間を邪魔してしまい、申し訳ありませんでした。星羽さまと仲良くなれたらと思ったのですが」

失礼することにいたしますね。

そう言おうとした時、星羽が麗華を呼び止めた。

「いえ。このまま少し、お話をしましょう」

「え」

読書が好きな星羽が麗華の為に時間を割いてくれるの? それって凄く好意的な態度じゃない?

そう思っていたら、星羽は女官に命じてお茶を用意させる。本当に麗華と腰を据えて話をするつもりなんだ。麗華は勧められるままに椅子に座り、星羽と顔をつき合せた。

「貴女のその瞳、本当に美しいですね。まるで翡翠のよう。ご両親はさぞご自慢だったでしょう」

麗華は両親から自慢に思われたことはなかった。花淑はどうだっただろう。手紙では両親と仲違いしたなどの言葉は出てこなかったけど、愛されているかどうかは書いてなかった。両親が、武勲の証である翠の瞳に何を思っていたのか、聞いたことはなかった。そんな麗華に出来たのは、

「ありがとうございます……」

そう応えることだけだった。

それを察したのか、星羽は話を変えた。

「貴女、星を見ることはお好き?」

星空を眺めるのは好きだ。はい、と応えると、新月の夜にまたいらっしゃい、と言われた。

「この宮は北に窓が取られていて、北極星をはじめとした北の空が一望できるの。今は満月の頃だから、また半月後に此処にいらっしゃい」

後宮に来て、はしばしの視線から歓迎されていないことは分かっていた。そんな中、星羽は麗華とまたの約束をしてくれようとしている。嬉しくて大きく頷いた。

「半月後が楽しみね」

星羽はそう言って綺麗に笑った。化粧をしていなくても透明な笑みは美しく、麗華は後宮(ここ)でいい人に出会えてよかった、と初めて思った。