麗華が連れてこられた朱家の屋敷は、これまで麗華が過ごしてきた家の何十倍も大きかった。麗華は家に到着すると、直ぐに両親に会った。麗華にとって、これが初めての顔合わせだ。父も母も蔑むように麗華を見、そして父が麗華に告げた。
「用向きは手紙で伝えてあると思う。皇帝陛下にはくれぐれも妹だと言うことを口にしないよう」
やはり忌子を後宮に差し出すのは、流石の両親でも気になるらしい。麗華はこくりと頷き、言いません、と誓った。
「後宮に上がる前に、最低限の教養を身に着けてもらう。しっかり学ぶように」
「はい」
両親は用件だけを言ってしまうと麗華の前から去った。親子の会話は全くなく、麗華は少し期待していただけに、がっかりしてしまった。やっぱり老師の言う通り、金づるの素としてしか見てもらえないのだろうか。
その場に立ち尽くしていても仕方がないので、麗華も部屋を出る。廊下を歩いて自室に向かう途中の部屋の扉が少し開いていて、部屋の中の灯りが漏れていた。中の様子を窺おうとしたわけではなかったが、自分の名前が聞こえたので、思わず立ち止まってしまった。
「麗華とか言ったか。あの娘がもし皇帝陛下のご寵愛を受けることが出来たら、我が家の財政もやっと安心できる。何が不満だ」
先程聞いた、父の声だ。
「陛下を騙したことが知られたら、私たちの首だって危ういのですよ? 花淑を後宮に入れればよいではないですか」
この会話からして、この声は母だ。やはり麗華が危惧したように、母は江家との婚約を解消して花淑を後宮に入れた方が良いと言っている。麗華は花淑に恋を諦めないで欲しいと願ってやって来たのに、麗華がさっき両親を前に何も話せなかったことで、それが壊れようとしている。
父の声が続いた。
「江氏からは莫大な納弊までもらってるんだ。これを袖にするわけにはいかない。我が家には江家の支援が必要だ」
「ですが、あの娘が忌子であることを陛下に告げ口しないとは限りませんのよ? 領民からの取り立ても、もっと厳しくしておいた方が良いですわ」
「あの娘だって命は惜しかろう。そのような愚行はするまいて。……とはいえ、あの娘が陛下に気に入られるかどうかなど分からぬことだから、民からの取り立ては厳しくしておくことにしよう」
まるきり老師の言っていた通りの理由で麗華が呼ばれたことを知り、それなら親子として見てもらえないのも仕方ないとあきらめた。良い。麗華には老師を始め、礼賛たち町の人が居る。後宮で孤立したって、彼らが支えてくれていると思えば怖くない。麗華はぎゅっと唇を噛みしめて、与えられた部屋に入った。