「娘に花淑さまより手紙を預かってきた」

顔を渋面にしてそう言う男の手には、確かに朱家からの手紙があった。それを見て麗華はぱっと顔を輝かせた。

「お姉さまからね! 手紙を頂戴!」

そう言って、男から手紙を奪う。男は忌々し気にこう呟いた。

「花淑さまのお気が知れない。忌子になんの慈悲を懸けられるのか……」

「貴方のお仕事はこれで終わりでしょ! 帰ってお仕えでもしていたら? わざわざ聞えよがしに言わなくても良いじゃない」

そう言って麗華はぷいとそっぽを向いた。男も長居するつもりはなかったのか、渋面を崩さずさっさと店から出て行った。老師がため息を吐きながら言う。

「麗華、捨てられた恨みはあろうが、不遇を人に当たってはいけない。双子の末子は普通だったら生まれ落ちた時に命を絶たれるものなのだよ。それを生かしてもらえたのだから、慎ましく生きていきなさい」

老師の言葉に流石の麗華もしゅんとなるが、ああも忌々しく自分のことを扱われると、地道に生きているだけなのに、何が悪いのかと文句を言いたくなるのだ。

――『ただ、生きているだけで邪魔なんだそうだ』

そう言えばあの子は確かにそう言っていた。あの時、彼をかわいそうだと思った気持ちの根底には、きっと自分が受けてきた不遇も所以していただろう。

(私は生きてる。五年目もあの場所にこなかったあの子は、生きてるかしら……)

ふと、そんなことを考えた。



姉の花淑からの手紙には、婚約が決まったことが綴られていた。

『私とそっくりの妹へ。

太陽が眩しくなる季節ですね。貴女はどう過ごしていますか。私は今までよりも、更に音楽に舞踊にと励んでいます。

というのも、嬉しいお知らせがあるのです。前々から貴女に手紙でお話していた江家の子威さまと、この度婚約が調ったのです。貴女にはいつも子威さまのことをああだったこうだったと手紙でお話していたから、きっと喜んでくれることと思います。子威さまは今も私にとてもやさしくしてくれています。お父さまもお母さまもこの婚約を喜んでくださっているので、きっと全てがうまくいくと思います。後は、貴女に幸せが訪れることだけを、祈ってます。

貴女の姉、花淑より』

素晴らしく素敵な報告だった。花淑は麗華が両親により忌子として老師の家に預けられたのを知ってから、度々こんな風に気を遣って手紙を寄越してくれた。そんな妹想いの姉の婚約、それも意中の方との婚約。麗華が喜ばないわけがない。麗華が花淑に手紙を届ける術はないから、その喜びを老師に伝えた。

「老師! 老師! お姉さまがご結婚されるわ!」

麗華は手紙を持って老師の居る部屋を訪れた。庭が見えるその部屋からは星空が良く見えて、今日は月の細い夜だった。

「おや、本当かい。そりゃあ良かった。あの親にしては特別良い子に育ったらしいじゃないか。今じゃあの家の命綱だろう、良くまとまった話だよ」

「命綱って?」

麗華は意味が分からなくて老師に尋ねた。老師は知らなかったのかい? と目を瞬かせて、こう教えてくれた。

「朱家の門番が給料の上がり方を占いに来ていたらしいのさ。結果は散々で、そいつは怒って鑑定料も払わずに帰っちまったそうだよ。市にも朱家の家具や貴重品が出回ってるらしいから、財政は豊かではないだろうね。朱家は過去の武勲に胡坐をかきすぎたね」

「ああ、私たち姉妹の、瞳の色の原因……」

朱家の先祖は国が西方に攻め入った時に大勝利を挙げ、その時の皇帝に褒美に欲しいものと問われて、制圧した国の姫を所望したそうだ。たいそう美しい、金色の髪に翠色の瞳の、西域交流で得られた西方の絵画から抜け出たような姫だったらしい。朱家にはその血が残り、麗華たち姉妹はその瞳を受け継いでしまったのだ。だから、この国で生きていくにはこの瞳の色は何かと分が悪い。戦利品だの、奴隷の証だのと陰口をたたかれたと、花淑も手紙で泣き言を綴ってきていた。麗華も町を歩いていて化け物を見るかのような視線を経験していた。

だからこそ花淑は、同じ瞳の色の麗華を気遣い、手紙を送って寄越しては、励ましてきてくれたのである。

「そこへ行くと江家は、先だっての内乱の時にも武勲を収めていて、冷帝からも手厚い褒美をもらったらしく、今じゃ国一、二の富豪だから、朱家にとってはお前の姉と先方の息子の恋は渡りに船だったわけだよ」

成程、そんな経緯があるとは知らなかった。なんにせよ、家からも本人同士でも喜ばしい結婚なら何も問題なく進むだろう。結婚式の日には、せめて、江家の近くへ行って祝福を祈ってこようと、麗華は思った。