「美琪と惠燕の息があるのなら、手当てを!」
星羽が凛とした声で指示を出している。星羽が美琪の宮に行くのに、麗華も躊躇わずに薬草の入った鞄を持ってついて行った。
「それから皇帝陛下の容体を! あの方は心臓を刺されでもしない限り、死にはしない!」
後宮の中をバタバタと人が行き交う。麗華ははぐれないように星羽について行った。
美琪の宮では美琪と惠燕が毛布を引いた床に寝かせられ、陛下は寝台の上であおむけになっていた。顔色は真っ青で医師がすぐに駆け付けてまずは陛下の様子を確認する。手首を握り、左胸に耳を当てて脈を確認している。
「明星さま、清泉さまは生きておられます。か細いですが、確かに脈を打ってございます」
「そうか! 従兄殿のことだ、運が強いし、生半可なことでは死なぬと信じていた」
星羽は医師に向かってそう言うと、今度は二人の妃に向き直った。こちらも医師が様子を見ていて、その部屋で麗華は丸机の上に置かれた茶器を見つけた。
机に近寄り飲み残されたお茶を見ると、透明だが、わずかに底に沈殿している茶葉ではないものがある。麗華はすぐさま薬草の鞄を開き、その中から試薬を取り出した。この試薬は老師と二人で改良に改良を重ねた、都で手に入る全ての薬物の種類を判別できるものだ。この茶器に残っている沈殿物が毒だったら、これを盛った人間が犯人だ。
慎重に茶器に試薬を溶け込ませると、その色が紫色に変化し、少しずつ凝固し始めた。紫色は人間にとって毒物の色、そしてこの塊の結晶の具合は国の南東地方である武家の領域でしか取れない薬草から作り出した毒物だ。
「星羽さま、茶器に毒物が残っておりました。解毒剤を調合します。直ぐ出来ますので、ご安心くださいませ!」
麗華の声に星羽が振り向いた。
「そうか、頼む! 薬師も呼んでおるが、一刻を争う故!」
星羽の応(いら)えを聞いて、麗華は鞄から薬草を取り出し、一緒に持ってきていた薬碾ですり潰した。程なくして解毒剤は出来上がり、先ずは皇帝陛下、次に美琪と惠燕にも飲ませた。真っ青だった皇帝の唇の色に若干赤みが差し始めたころ、美琪と惠燕はすっかり白い顔から唇に赤みが戻り、その色で無事を知らせていた。