その一件以来、麗華は星羽と仲良くなった。星羽の気取らない性格が麗華は好きになったし、星羽は令嬢らしからぬ麗華の言動を楽しんでいるようだった。今日は自分のお付きの女官の星を読んでくれと頼まれて、星羽の部屋に来ている。
「まあ、貴女も素晴らしい運勢よ。星羽さまにお仕えしていることが、実を結ぶわ」
麗華がそう告げると、星羽は笑って、
「じゃあ、ますます私が大成しなきゃいけないじゃない」
とおどけた。
和気あいあいと談笑を楽しんでいるときに、扉を叩く音がして、外から宦官の声が聞こえた。
「麗華さまはおられるか。陛下が戦の星を読んで欲しいとおっしゃっている」
「ええっ!?」
麗華の星読みをくだらない占いと切り捨てた冷帝が戦の占いを読めだと?
なにか麗華を貶めようという裏があるのではないかと勘繰ったが、星羽は、
「麗華さまが認められて良かったわ」
というので、しぶしぶ皇帝の許へ連れて行ってもらった。
廊下をいくつもわたってたどり着いた宮廷の広間には皇帝とその臣下たちがずらりと並んでいた。こ、この中で星を読むのか……。
「朱麗華。おぬしの星読みが正しいと言うのなら、此度のアギ国への侵攻、どう攻めたら勝ちが来るか読んでみよ」
アギ国とは詞華国の西側の辺境国の事だ。依林が宦官に聞いた話では、金の採掘が盛んな国で、周辺国から常に狙われている。今はアギ国を囲む東西南北の国の中で詞華国が一番内政が安定していて、この機に乗じて、アギ国を制圧しようと言うのだ。
そんな大ごとを、たかが最近後宮に迎えた娘の星読みに託すというの!? そりゃあ、老師から『相手の事を思いやって、心から相手に寄り添って読みなさい』とは教えられているけど、それにしたって!!
「わかりました。読みます。しかし、私には戦争というものが分かりかねます。なにか、これからアギに攻め入るときの象徴のようなものはございますか?」
戦争なんて経験したことがない。老師から、人が傷付いて良いことなんてない、としか聞いてない。想像できないものを読むことは、麗華にはまだ難しい。だから戦いを想像させてくれるような『物』が見たかった。
「ならば、これではどうか」
そう言って冷帝は腰から太刀を抜いてその場に突き刺した。麗華はその刃を見てごくりと喉を鳴らせた。麗華に向けられたあの太刀ではない。もっと大きく太く、鋭い刃だった。……これが、戦場で振るわれる刃……。
麗華はそっと床に刺された刃に近づくと、その場に膝をつき、そうっとその太刀に触れた。ひやりと金属の冷たさが伝わってきて、これでアギの人たちの命を奪うのかと思うとぞっとした。
それでも清泉に請われたら読まないわけにはいかない。じっと刃からの冷気を感じ、それを頭の隅々まで行き渡らせる。草原の中、大勢の人々の中でこの太刀が振るわれる風景が浮かび上がってきて、これが戦争なのか、と身を震わせる思いだった。
その怖れを身に取り込み、麗華はサイコロを天井高く振り上げて、星の盤上に転がした。
麗華は臣下たちがしんと静まり返った宮殿でサイコロは、トン、コロコロ……、と転がり、示された星を読む。
「部隊の南東、北東に位置する部隊に凶星が出ています。部隊の入れ替えをした方が良いかと」
南東の部隊は武家、北東の部隊は胡家の部隊だった。名指しされた二人は顔を真っ赤にして激怒した。
「おのれ、奴隷の血を引く小娘ごときの遊びで、我らの力を見くびるつもりか!」
「当たりもしない星読みで、我らを侮辱した罪は重いぞ!」
立ち上がって麗華の方へ進み出てくる二人に構わず、続けて宮廷、つまり皇帝の星を読む。
「宮廷は、北、つまり宮廷の北の後宮が安泰であればいくらでも立て直せると出ています」
この読みに、皇帝が瞠目して、ほう、とひと言呟いた。しかし、先ほど馬鹿にされた二人は怒り心頭だった。
「女を守って国が勝利を得られるものか!」
「ふざけた占いをするな!」
武郭が麗華の胸倉を掴み、張り手を喰らわせようと手を振り上げると、麗華はその暴力から目を逸らして歯を食いしばった。するとパシンという音とともに麗華の胸倉を掴んでいた手がほどけ、いくら経っても頬を殴られることはなかった。
身構えていた状態から目を開けると、武郭の手首を捻り、振り下ろしたらしい手を剣の鞘で受け止めていたのは、なんと冷帝だった。
「……へ、……陛下……」
思いもよらぬことだったのか、武郭が目を見開いて皇帝を見る。皇帝は口許に冷ややかな笑みを浮かべてこういった。
「武郭。この娘の星読み、あながち外れてはいないかもしれぬ」
「なんですと!? 後宮で子でも成されたか!」
ええっ!? そんなことはない筈だけどな!? だって依林から聞くだけでも、陛下が後宮に渡ったのは麗華に会いに来たあの一回だけだそうだ。そしてあの時、麗華とは何もなかった。
麗華の動揺など知らぬ冷帝は、口許に凍りそうな笑みを浮かべたまま武郭と麗華と、それからそのほかの大勢の臣下を置いて、玉座から去って行った。