そして半月が経って新月の夜。麗華は星羽の宮を訪れていた。星羽は先日の陛下のお渡りに興味を示した。
「どうでしたか、陛下とお会いになられて」
にこやかに尋ねる星羽に悪気はないだろうが、あそこまで瞳意外に興味がないと言われてしまうと、まるで麗華自身を馬鹿にされたような気になってしまう。しかしそんなことを大っぴらに言える立場や場所でもなく、苦笑いしたまま黙っていると、星羽が女官を部屋から下げた。
「後宮で独りぼっちになってしまうのは辛いですから、私が何かのはけ口になるのでしたら、お伺いしますよ」
黒のきれいな瞳で微笑まれると、思ったことをさらけ出したくなってしまう。もともと朱家からの使いにだって口は負けていなかった。思ったことを心の中で閉ざしておくのが、麗華は苦手だった。
星羽が穏やかに微笑んだまま茶器に口を付ける。麗華も女官に淹れてもらっていたお茶をひと口飲むと、やっぱり黙っていられないと、口を開いた。
「良い方ではないわね。唯我独尊を地で行くような方でしたわ。私の瞳の色にしか興味がなさそうでした。翠玉は宝物殿にあるけど翠の瞳はないから召し上げたっておっしゃってたし」
麗華が若干抑え気味に怒って言うと、星羽は茶器を下ろしてこう言った。
「でも、美琪さまと惠燕さまさえ一度も宮を訪れてもらったことがないんですから、陛下がお会いになられたってことは、凄いことなのですよ」
「星羽さまの所にもいらっしゃってないのですか?」
「勿論。だから、自信を持っていいですよ」
「でも、刺客扱いされたんですよ?」
むう、と麗華が頬を膨らませると、星羽は堪えきれないと言うように、ぷぷっと笑った。
「あっ、笑いましたね? でもあの冷徹な顔で『毒を盛られるかもしれぬものを、やすやすと口にすると思うな』、なんて言われてみてくださいよ。あの時部屋の空気が凍りましたね」
星羽を心配させるといけないので、冷帝が太刀先を麗華に向けたことは黙って置く。星羽は微笑んだままこう言った。
「陛下は常に気を張り巡らせているからそういう言い方になるのであって、決して悪気があるわけではないのですよ。朝も昼も晩も、一年中毎日毎日気を張ったまま生活するのは疲れるでしょう? だから後宮にもおいでにならないんです」
「そうなんですか……?」
麗華の疑問に星羽は静かに頷く。ふうん、そういうもんなんだ、と麗華は思った。
「でも、お話を聞いていただけて、ちょっとすっきりしました。流石に大っぴらに皇帝のことを悪く言うのは気が引けて……。星羽さまが良い人で良かったわ」
「あら、別に何も大したことは言ってませんよ」
「ううん。話を聞いてくださって、それに皇帝がどんなに大変な仕事なのか知らなかったから、教えて頂けて嬉しかったです。お礼に星羽さまの星を読みますね」
麗華が部屋から持ってきた星読みの道具を机に並べると、星羽は興味深そうにそれを覗き込んだ。星羽の前でサイコロを振って盤の上に転がす。すると天頂付近で大きな吉星が出た。
「まあ、これは素晴らしいわ。星羽さまは此処で大きな成功を収められます。きっと貴女が皇后さまになるのね」
「まあ、そんな良い星が?」
「はい! きっと星羽さまが清泉皇帝と一緒に国を治めていくんだわ」
あの冷たい冷帝にはこの星羽のような知識に溢れた女性がお似合いだ。とかく后は音楽や舞が出来て居れば良いと言う人が居るようだが、皇后だって皇帝を支える身だ。知識があれば、国は良い方向に向くだろう。
「詞華国の未来は明るいわ」
にこにこと微笑む麗華に、星羽もまた微笑み返した。