推しとお付き合い……。どう考えても尋常なじゃない事態だ。珊瑚は今、岸田と山内に挟まれて駅までの道を歩いていた。左右を見る余裕はなく、手と足は右と右が一緒に出る。喉はからからに乾いて、顔面は蒼白、汗は毛穴から大量に吹き出し、口からは心臓が飛び出しそうだ。

その珊瑚の隣で機嫌よく今日の授業の事や部活のことをしゃべっているのは岸田だ。時々、珊瑚に同意を求めてくるが、とてもまともに受け答えできない。大体笑顔が眩しく尊すぎて直視できない。故に今日もカメラ越しだ。岸田も山内もカメラ越しの珊瑚に慣れてしまって、カメラがないがごとく話し掛けてくる。

「……っていうことがあってさ。面白くない? 珊瑚ちゃん」

「うあ……っ!? うが……っ、んご……っ」

などと、喋りかけられてもカメラ越しに意味不明の呻きを返すだけで精いっぱいだ。その様子を呆れた顔で見ているのは山内だ。山内は最初から蚊帳の外を決め込んでいる。

「珊瑚ちゃん。もう二週間になるんだから、そろそろ慣れて欲しいなあ。仮にも同じ高校に通ってて、目も合わない、会話もろくに出来ないってのはおかしいよ」

「お、おかしいと言われてもですね! 私と岸田くん山内くんはそもそも次元が違います! 私はその辺に転がってる埃なんです! お……っ、お付き合いなどと……、とっ、とんでもない限りであります!」

岸田の不平に珊瑚は直立不動で応えた。岸田はため息とともに、そうだなあ、と振り返った。

「初日は三メートル後ろをカメラ持ってついて歩いてきたのを思うと、この二週間での距離の縮まりは進歩だ。あの時撮った写真はどうしたの?」

「あっ、あれは私の推しアルバムにきちんと貼ってあります。高校生活の潤いです!あと、親衛隊の方たちにも配りました。親衛隊たちの方も喜んでくださって、心なしか意地悪が少なくなりました」

岸田がお付き合いを申し出てきたので、珊瑚は推し活を止める必要がなくなった。アルバムを思い出した珊瑚が恍惚の表情でそう言うと、岸田は苦笑した。

「そこに珊瑚ちゃんが写ってもおかしくないんだよ? ほら、こんな風に……」

そう言って岸田が珊瑚の腕を引っ張り、自分のスマホを構えてインカメラで自分と珊瑚、それに山内を撮った。腕を引っ張られた拍子にカメラがストラップを支えに鳩尾まで落ち、珊瑚の顔面が二人に晒される。

「ぎゃああああああ!! 推しと同一空間!! 止めてください! 時空が歪みます!!」

「そんなに否定することじゃないじゃない。こうやって、三人の思い出を作っていった方が、楽しいでしょ?」

「そんなこと、お二人でやってください! 私はそれを見ているだけで良いんです! 間に入るだなんてとんでもないです……っ!!」

珊瑚が卒倒死しかねないと判断した岸田が、今しがた撮った写真を削除する。
あー、心臓に悪い! めちゃくちゃ胸がどきどきしてる。そんな珊瑚の気持ちを知らずに、岸田が不満を口にする。

「あーあ、つまんないの。いつになったら慣れてくれるの」

「無理!! 最初っから無理なのであります!!」

珊瑚の叫びに岸田がため息を零して、付き合わされている山内が呆れ顔をした。