しかし、それから暫くすると、珊瑚の生活に推したちが如何に必要かをしみじみと感じた。

推したちを撮影しない日々は珊瑚の高校生活から色を奪った。まるでモノクロ写真の中に住んでいるみたいだ。

(……私は、岸田くんと山内くんの存在に、こんなに影響を受けてたんだわ……)

朝、登校して、授業を淡々と受けて、昼を一人ぼっちで食べ、午後の授業の後はサッカー部以外の生徒の写真を撮るも確認する気にならず、部室にも寄らずまっすぐ帰る。そんなことの繰り返しだった。あっけなく珊瑚の推しメーターはガス欠になり、夜に岸田と山内の夢を見るようになった.

「うぎゃああああ!!」

明け方、奇声を上げてベッドから跳び起きる。目の前にうす闇が広がっていて、今見た岸田と山内が夢だったことを知った。

(お、お、恐ろしい……っ!! 埃のくせに、あんな二人を妄想しただなんて……!!)

夢の中の二人はパスの練習をしていた。二人で息の合ったパス回しをして、そしてふと気づいたように此方を見た。そして。

夢の中の二人が珊瑚に笑いかける。あの、至宝の微笑みがお互いに向けられるのではなく、珊瑚なんかに向けられる夢を見るなんて……っ!!

(お、恐れ多いわ……。私は何をとち狂ったのかしら。推しと私は同じ次元で生きてちゃいけないくらいの存在よ……。それを、あんな……)

思い出しても悶絶ものだ。穴があったら入りたい。珊瑚は頭を枕に何度も打ち付けた。ボスンボスンとクッションの音がして、珊瑚の頭を受け止める。何度か打ち付けて少し冷静になったところで考えてみる。

推し活出来ない学校生活はとても味気ない。私はやはり、推しに生かされていたんだなあと実感する。しかし、その推しを汚すようなことをしてはいけない。推しと埃との間には、埋められない次元の壁があるのだ。

(紅白戦を撮り終わったら、サッカー部を撮るのは止めよう……)

なまじ、手元にサッカー部の写真があるからいけないのだ。夜な夜な今まで撮りためたサッカー部の写真を眺めて推しを指でなぞるなどしていては、余計に推し活への欲望がむくむく湧いてくる。それでは夢のように推しを汚してしまう。それだけは避けなければならない。

(推しを汚さないためにも、推しとお別れしなきゃいけないわ……)

どんなに味気ないモノクロ写真の世界で生きていくことになろうとも、あのきらきらと輝く二人の世界を守っていきたい。そこには、どんな邪魔も介在してはいけないと、珊瑚は思っていた。