「珊瑚ちゃん、B組だったんだねー」

昼休みに部室で今朝の釣果を確認してから教室に帰ってくると、教室の前で岸田が待ち伏せしていた。にこにこと微笑んでいる岸田の背後には親衛隊の女の子たちがずらっと揃っていて、今から何が始まるんだろうと恐怖した。

笑顔が眩くて直視できない。珊瑚はカメラを構えてファインダー越しに岸田を見た。

「ナニヨウデショウカ?」

「なんでカメラ構えてるの。あ、写真撮るの?」

良いよ、撮ってもー。

とアイドル顔負けの笑顔を向けられて、珊瑚の心は瀕死だ。

(あーーーーー!! 推しの無邪気な顔、尊いーーーーーー!! でも背後の親衛隊の鋭い眼差しーーーーー!!)

心はハピネスと瀕死で行ったり来たりと大変だ。兎に角用件だけ聞いて、早く教室に入ってしまおう。そう思って、もう一度カメラ越しに岸田に尋ねる。

「ナニヨウショウカ?」

「うん、だからなんてカメラ越しかな。まあ良いけど。月末の日曜日に紅白戦があるんだけど、珊瑚ちゃん、試合の写真を撮らないかなって思って。何時も部活の写真撮ってるんだったら、紅白戦も撮り甲斐があるよ~?」

(推しが自ら!! 私に撮影のお誘い……!?)

その天変地異さに珊瑚が事態を飲み込めずにいると、岸田は事情を話してくれた。

「僕と山内を小学校の頃から見ててくださった恩師が引っ越されるんだ。選手権には行けなかったから、どうしても最後に僕らの姿を贈りたくて……」

岸田の真摯な瞳に心打たれる。彼らは恩師に見つけられて今の尊い二人への道を歩み出した。きっと思うことはたくさんあるだろう。その気持ちのプレゼントの一助になれるのなら、光栄なことだった。珊瑚は躊躇いながら、頷いた。すると歓喜した岸田が珊瑚のカメラを構えたままの両手を握った。

「ありがとう! 珊瑚ちゃん!!」

「ぎゃああっ!!」

突然のことに大声で叫んで、バッと手を振り上げて解いた。はずみでカメラがストラップを支点に下へ落ち、ぶらぶらと珊瑚の鳩尾の前で揺れ、手は振り上げられたまま、バンザイをした。岸田の背後に控えている親衛隊の視線が怖いっ!! それ以前に、推しに接触されるなんて珊瑚のキャパは完全にオーバーだ。

(あばば……! あばばば……っ!!)

言葉にならない何かを心中で唱えていると、背後から声を掛けられた。

「おい、お前」

頭上から振りかけられる、ひっくい声。その恐ろしさに振り向き仰ぎ見ると、背後には山内が立ちはだかっていた。

(ぎゃあああっ!! 推しと推しに挟まれた……っ!!)

鋭い眼光が珊瑚を射抜く。氷点下のそれに、珊瑚は簡単に凍り付いた。

「……紅白戦だからっつって、俺らは手を抜かない。先生の教えに応えるためだ。だからお前も心して写真を撮れ。俺らのことを、先生に届けるために」

山内は、珊瑚に話し掛けると同時に岸田に同意を求めていた。その視線でのやり取りだけで珊瑚の脳みそは沸騰する。

(あーーーーー!! こんな目の前で推しが推しとアイコンタクトしてるーーーーーー!! 尊死するっ!!)

眼差しと眼差しの間に光の粉が散るようだ。眩いその空間に、凡人の珊瑚はめまいがする思いだった。

「と……っ、撮ります……っ!! 真剣に!! 心を込めて……っ!!」

コクコクと頷く珊瑚の応えに満足だったのか、山内が少し、口許を緩めた。

(う……っ、わ……っ!!)

山内が普段笑みを見せるのは、同級生や部員の仲間だけに限られる。それが今、目の前で起こったのだ。珊瑚の許容範囲をあっさりと超えてくるその尊さに、珊瑚は泡を吹いて倒れそうだ。いいや、倒れた。

「わーーーー!! 珊瑚ちゃんっ!!」

珊瑚は生まれて初めて、推しの笑顔で気絶した。