翌朝、珊瑚は女の子たちに囲まれた。みんな、目が血走っている。どうしたんだろうと思っていると、珊瑚の正面に居た子が口を開いた。

「あんた、岸田くんと喋ったんだってね?」

しゃ、喋ったって言うか、質問されただけだ。

「岸田くんを独り占めなんて、ルール違反よ」

る、ルール!? その存在を知らない上に、そもそも珊瑚は被害者だ。

「わ、私だって喋りたくて喋ったんじゃないです! 尊すぎて目が潰れそうになるのに、目の前からどいてくれなかったし、……ホント、困ります……」

ルールがあるなら、そっちでちゃんとしておいて欲しい。珊瑚はあれ以上彼らに近寄る気はない。

「? 何言ってんのか分かんないけど、今度ルール違反したら、ただじゃ置かないからね」

「ただではおかないというのは……?」

珊瑚の言葉に正面の女子はちろりと珊瑚の持ち物を見た。

「次にやったら、そのカメラのデータ、全部こっちに貰うから」

えーーーーーーー!! これは珊瑚の推し活に欠かせない、重要な写真なのに……。

でも、ルールを破るつもりはない。珊瑚はこくんと頷いた。



そんなある日。珊瑚は今日も朝からサッカー部の朝練の様子もカメラに収めていた。勿論今朝も早くから親衛隊の一部はグラウンドに居て、みんな声援を送ってる。全くもって、あんなに近くで推しを見る気のない珊瑚には分からない感覚だ。

珊瑚は屋上からグラウンドを眺めた。こんなに遠くても、岸田と山内は輝いていた。動きが他の部員と違う。隙のない動きで無駄がない。珊瑚はグラウンドを見すぎて、グラウンドから発光してるかのような錯覚に陥った。

「はー、こんなに離れてても岸田くんと山内くんは尊いわ……。アイコンタクトが多いな、今日は……」

双眼鏡で二人を確認しながらそう思う。そして朝練が終わってコーチを中心に集合した時に、珊瑚は望遠レンズを取り付けたカメラを取り出した。

当たり前のように隣同士でコーチの話を聞いている二人。何も言わずとも今日の練習の良しあしを分かち合っているかのような雰囲気。この、『言わなくても分かってる』という空気が尊いのだ。余人には醸し出せない空気だ。その空気ごとカメラに収める。カシャカシャと響く乾いたシャッターの音が、心地よかった。

(今日も推しは尊いわ……)

良い一日の始まりだった。ところが。