日も暮れて、そろそろ撮影は終了だ。珊瑚は一人部室へ向かい、今日の収穫をパソコンで確認した。
(……うん、今日もいい写真だ)
生徒たちがそれぞれの方向を向いていて、でも其処に一体感がある。その中にちらりと岸田と山内が映っていて、それだけで満足できる。珊瑚は上機嫌でパソコンの電源を落とし、部室を出ようとした。その時。
ドン! と廊下を走って来た人と扉がぶつかり、痛っ! という声とともに、その人が扉の後ろで倒れたのが分かった。
「わっ、すみません! 怪我は……」
ないですか。そう言おうとした珊瑚は凍り付いた。其処に居たのは、岸田だったのだ。
*
「いつも校舎の窓からグラウンドの写真を撮ってるなと思って」
珊瑚の目の前で輝く笑みを見せている岸田が尊みに溢れていて目が合わせられない。そっと視線を逸らして、そうですか? とシラを切ると、グラウンドから見えるんだ、と岸田は朗らかに笑った。
「遠目に私だと断定できるんですか?」
「なんで敬語?」
「無理です、初めてですから」
こんな至近距離で推しと会うことになるなんて、思いもしなかった。あの時怪我を気にせず、帰ってしまえばよかった。そう思っている珊瑚に、岸田は微笑んだまま、何時もグラウンドを撮ってるの? と聞いた。
「イイエ、時々デス」
外人風発音になった珊瑚を、岸田は尚も解放しない。
「君、岸田派とか山内派とかで荒れてなくて良いよね。名前はなんていうの?」
これ以上岸田のきらきらパワーを浴びていたら、尊死してしまう! そう思っていた時に、助け船が来た。
「おい、雄平。こんなとこで何してんだよ。帰るぞ、オラ」
「あっ、山内。ちょっとこの子と話してて」
山内は不機嫌そうに岸田の腕を掴んだ。そして珊瑚を睨みつけて、こう言った。
「お前がどっち派でも良いけど、練習の邪魔だけはすんなよ」
(あーーーーー、その鋭い眼差しで岸田くんを連れていく姿、尊みの極地―――――――!!)
珊瑚は山内の言葉にそう内心叫んで、二人を見送った。推し手帳に書く項目が増えた、と珊瑚は思った。
*
「そうか、山内くんは人懐こいのね。だから去年のバレンタインのチョコも袋二つも持ってたんだ。そこへ行くと山内くんは硬派で近寄りがたいから、直接受け取るチョコは少なかったんだわ」
珊瑚は参加しなかった去年のバレンタインのことを思い出しながら、珊瑚はそう呟いて推し手帳にメモを残していく。遠くから写真を撮っているだけでは分からなかった情報だ。
しかし、今日は心臓に悪い日だった。あの御尊顔を間近で見た動悸はまだ収まらない。
「グラウンドの周りにいる人たちはどんだけ心臓に毛が生えてるだろうなあ」
そもそも彼らと恋愛なんて考えたことない。推しは何時でも別の次元にいて、手の届かない存在なのだ。そう、この平面(しゃしん)に映った彼らと珊瑚が手を触れあうことがないように。
「どっち派なんて、なるわけないじゃない。岸田くんと山内くんには、永遠に奇跡の二人なんだから」
珊瑚は一人、息巻いた。兎に角二人の邪魔をせず、こっそりひっそり。教室から撮るのがばれてしまったから、今度は屋上から撮ってみよう。望遠レンズを駆使すれば何とかなる。珊瑚は鞄にレンズと双眼鏡を準備した。