その週の祝日には、岸田にデートに誘われてしまった。珊瑚の緊張や動揺に関係なく、どんどんハードルを上げていく岸田に恐怖する。学校以外で推しと会うだなんて、珊瑚の戒律から外れる行為だ。それでも前日の、岸田の切なげなお願いの目を思い出すと出かけないということは出来なくて、結局待ち合わせ場所に赴くことになった。

デート服なんて勿論持っている筈もなく、普段出掛けるときと変わらない、Uネックのニットにカットソー、デニムとスニーカー、羽織はモッズコートといういで立ちだ。

待ち合わせ場所には、もう岸田と山内が居た。遅れてしまったことを詫びると、気にしてないよ。と爽やかに微笑まれて、制服を着ていない推しの姿に目が潰れる思いだ。

「くっ! 今日も最高に輝いてますね! 尊い御尊顔ありがとうございます!」

「いまだに尊いとか言われてめげない僕も凄いと思う……」

ちょっと脱力した岸田の肩をぽんと叩くのは山内だ。至高の推し二人が見れることはありがたかったが、カメラ厳禁と言われてしまったので、その姿をアルバムに残せないのが残念だ。

三人並んで水族館へ入り、大水槽や深海の水槽を見て回る。尾を翻して泳ぐ魚はかわいかった。珊瑚は物心ついてからというもの推しの事ばかり考えていたから(人生一番最初の推しはテレビ画面越しのヒーローだ)、こんなリア充なことを体験したことがなかったので、入館してあっという間に楽しんでしまった。

「ふふっ、おじさんみたいな顔してる~。ナポレオンフィッシュ……」

「珊瑚ちゃん、水族館好き?」

「小さい頃は来たことがあったみたいですけど、中学生になって以降は来たことないですね」

「じゃあ、デートらしいデートは今日が初めてなんだね」

デート、と言われると死にそうに恥ずかしいが、推しが嬉しそうな顔をしているので否定できない。そんな珊瑚の内心を読んだかのように、山内がフォローしてくれた。

「雄平、こいつ男慣れしてねーんだから、ほどほどにしてやれよ」

「ここまで手を尽くしてるのに、尚も慣れてくれない珊瑚ちゃんは、難攻不落のお城みたいだよ……」

岸田がしょんぼりするのに、珊瑚は慰める言葉を持たなかった。申し訳なく思っていると、ほら、と山内が背中を押してくれる。いつまでも同じところに留まっていては駄目だ、という合図と、少しでも前へ進めよ、という言葉の裏返しのように思えて、珊瑚は心のどこかが安堵した。



屋外プールでイルカのショウが始まった。寒風吹きすさぶ中、イルカたちの熱演が見事だ。時々しぶきを浴びながらそれでもリア充を満喫していると、ベンチに置いていた剥き出しの手を岸田にそっと握られた。

「珊瑚ちゃん、手ぇ寒そう」

岸田はそう言って珊瑚を覗き込んだ。

(ひ…………っ!!)

叫び声をあげなかっただけ、褒めて欲しい。珊瑚の心臓はジェットコースターのように早く走り、バンドマンのドラムスのようにドコドコ大きく鳴り打ち始めた。とてもイルカのショウどころではない。あたたかい手に、動悸で震える膝と肩に力を入れてなるべく揺れを小さく抑える。

その時、ぱさっと大きめのマフラーを肩から掛けられた。隣を見ると山内で、

「お前その首元、寒そうでこっちが寒ぃわ」

と苦々しく言われた。

(ひえええええ……っ!!)

ショートカットの襟足から首元がぽかぽかする。っていうか、汗かきそう。推しからのマフラー、死ぬ。既に岸田から手を握られていただけでも限界だったのに、山内からも親切にされて、珊瑚の体の震えはピークに達した。

珊瑚がその場で泡を吹かなかっただけでも進歩だろう。自分の高校の人気者に、何より自分の推しに女の子扱いされることに、少しずつ耐えて慣れていく珊瑚だった。