私は、「……はい」と言いつつも、結局、先生は先輩から告白されたのか、彼氏さんとはどうなっているのかも判断できず、コートに戻ったのだった。

 部活後、いつものバス停のベンチに座り、「ふう」と息をつく。最後の点検や戸締り等は先生がしてくれるということに決まり、私のバス待ち時間は20分になっていた。
「…………」
 夏が近くなってきたものの、薄暗い7時のバス停にひとり。私は、時間を持て余し、バッグに忍ばせてきた文庫本を取り出す。けれど、本を読むには光が足りなくて、私は早々に本を片付け、今度はスマホを取り出した。
 開くのは、九条先輩とのトーク画面。ハリネズミのスタンプの部分。
「音沙汰無し、か」
 試合前の土曜日に会ったのだから、たかだか1週間ちょっと会っていないだけ。それなのに、どうしてこんなに時間が経ったように思うのだろう。先輩に関してだけは、いつもそうだ。
 それに、諦めよう吹っ切ろうとしているというのに、頭からなかなか消えてくれない。好きだという気持ちはこんなにも厄介なのかと実感する。
「あー……」
 嫌になるな。藍川先生に嫉妬してしまう自分も、こうして何度も先輩からもらったスタンプを眺めている自分も。
 私は誰もいないベンチの隣を見て、今度は自分の手のひらを見た。本当に夢だったのかもしれない……隣同士肩が触れ合う距離で、この手とあの手をつないでいた、あの期間は。通り過ぎていく生徒たちに、『いいなぁ、カレカノ』なんて羨ましがられていた、あの期間は。
「手相、見てんの?」
「…………」
 一瞬、聞き間違いかと思って、私は手のひらを見つめる視線を固定したまま、無言を貫く。すると、隣に座った振動とともに、ベンチが軋んだ音を出した。
「……え?」
 顔を上げておそるおそるそちらを見ると、一番最初と同じ、人ふたり分空けた距離に、私服姿の九条先輩がいた。
「おつかれ」
「おつ……おつかれさまです」
 疑問符が私の頭の中に充満する。まず第1に、先輩は明後日金曜日から来ると、藍川先生が言っていたはず。そして、部活に来ていなかったのに、なぜここに?
「なん……」
「元気?」
 けれど、尋ねる前に逆に尋ねられてしまう。私は小さく何度も頷き、
「はい……元気です」
 と答えた。まだ瞬きが止まらない。
「部活、続けるって聞いたけど」
「そうです。藍川先生に聞いたんですか?」
「うん」