そのときだった。ディフェンスがふたりもついている根津さんが、苦しそうな表情でパスを送る。そして、その受け手は、フリーになっていた私だった。
「え」
 一瞬、私の中でだけ音が止まった。周りの応援の声も、体育館の床に響くいろんな音も、すべてがボールに吸収されたようだ。それを受け取った私の手に、とてつもなく重たいなにかがのしかかっている。
「あ……」
 大きなデジタルタイマーには残り秒数が11秒と表示されていて、それがゆっくりと10秒へ変わった。
「荘原さん、スリーポイント! お願い!」
 そして、北見さんの声だけが、私の耳に鮮明に届いた。
 あぁ、前回の練習試合と同じだ。あの、5年生のときの手術後の試合とも同じだ。
『あーあ……』
 茉莉ちゃんの声が、どこからか聞こえる。私はその続きを聞かないように、スリーポイントのシュートのフォームをつくった。体の節々を動かす、そのひとつひとつの動作がまるでスローモーションのように感じる。
『澪佳ちゃんのせいで……』
 あ……くる。
 まるで気管支をぎゅっと握られたかのように、喉の奥から胸にかけての圧迫を感じた。
 ダメかもしれない。失敗するかもしれない。
 そんな感情が、私の息を苦しくさせる。気を遠くさせていく。
『さっきから言っている“ダメ”っていうのは、失敗のこと?』
 この前の藍川先生が、私にまた尋ねた。
 失敗? シュートを外すことが怖い? ……ううん、違う。私が一番怖いのは。
「荘原さん、頑張れ! 入るよ!」
「…………」
『団体競技に限った話だろ、発作が出るのは』
『何のフラッシュバックかもう一度よく考えてみろよ』
そう、私が怖くて仕方ないのは、自分のミスで試合を……みんなの空気を、台無しにしてしまうこと。みんなから冷ややかな目で見られることだ。
発作のフラッシュバックじゃない。過去に、みんなから責められたことのフラッシュバックなんだ。
私は、落ち着いて整えたフォームの膝をゆっくりと曲げる。しっかりとゴールリングを見据えて息を吸いこみ、そして大きく吐いた。
『今周りにいる人間が以前と同じ人間とは限らないし、最初からあきらめるんじゃなくて、一度ちゃんと信じてみたら?』
 昨日の先輩の声が聞こえる。
そう、周りのみんなは、あの日私を責めた女の子たちじゃない。そして、私も……。