……ついこの前までのことなのに、なんでこんなふうに思っちゃうんだろう。バス停にひとりだということには慣れないくせに、先輩との思い出はなぜか遠いもののように感じる。手をつないでいたことも、まるで夢だったかのようだ。
 ……そういえば、藍川先生と車に乗ってたところも、ここで見たんだったな。
 その車の中での優しげな先輩の眼差しを思い出し、先輩が藍川先生のために疑似交際を持ちかけてきたのだと、心に釘を刺す。
 こちらが気持ちを自覚したところで、そもそも玉砕している恋なんだ。成就させようとは思っていない。
 でも……。
「お礼……ちゃんと言えてないな」
 先輩が私を見てくれたからこそ、そして、見抜いてくれたからこそ、自覚しきれていなかった自分の弱さに、今、向かい合えている。先輩の言葉の数々が、私の背中を押してくれたんだ。
その感謝を、私はまだしっかり伝えられていなかった。
 もう会えないわけじゃないし、試験期間が終われば、先輩もまたコーチとして来てくれるだろう。けれど、私はどうしても、試合前に会いたいし、話したかった。
「……よし」
 スマホを取り出した私は、深呼吸をして先輩の連絡先の画面を開いたのだった。



『土曜日、もし空いていたら、以前と同じ時間に総合体育館に来てください』
 そんなメッセージを送っていた私は、土曜日、初めて自分で予約をして、体育館へ向かった。先生の話では、先輩は平日は忙しく、日曜は用事が入っているとのことだったので、土曜日なら可能性があると思ったのだ。
『わかった』
 それだけの返事だったので心許なかったけれど、中に入り、バスケットボールをつく音が聞こえたことで私はホッとする。
「こんにちは」
「どーも」
 先輩のジャージ姿を見つけ、私は小走りで駆け寄る。
「すみません。わざわざどうもありがとうございます」
 深々と頭を下げると、
「あいかわらずだな」
 と言われる。そのいつもの調子も嬉しくて、私は頭を下げたままにやけてしまった。
「なに? 明日の試合が不安なの?」
「はい……そんなところです」
「俺、月曜提出のレポートがまだ終わってないんだけど」
「えっ!」
 しまった、と思って顔を青くすると、先輩が私の頭をポンとはたいて、
「嘘だよ」
 と笑った。そう言われても、嘘なのかどうかも定かじゃない。
「とにかく、やるぞ」
「はい!」