たしかに、部活中の九条先輩は、みんなに対してわりと厳しい。それじゃあ……私が普段よく見る九条先輩の笑顔は、バス待ちの15分間と、土曜日に練習に付き合ってくれたときに見た笑顔なのか……。
 九条先輩のいくつもの笑顔をひとつひとつ思い出していると、なんとなく胸が苦しくなる。それは、あの絶望的な息苦しさではなく、嬉しさやら切なさやらいろんな感情を持て余すような、心地よくもいたたまれない苦しさだ。
 そして、あの顔を見ることができるひとときを、自分だけがひとり占めできていたのだという事実。そのことに頬が緩み、上気していく。
「嬉しそう……」
「え?」
「荘原マネ、本当に好きなんだね、九条先輩のこと」
 北見さんの言葉に、私は表情を固める。そして、『好きなんだね』というセリフだけが、再度頭の中でリピートされた。
「めちゃくちゃ顔に出てる。前に政本のことを聞いたときとは大違い。恋してます、って顔」
「……あ……」
「あー、私も彼氏欲しい。恋したい」
 私は、頬を手の甲で冷やしながら、ゆっくりと頷くようにうつむく。
それは、驚きこそすれ、自然な自覚だった。ここ最近の自分の気持ちの揺れ動きを顧みると、すんなりと腑に落ちる。むしろ、この気持ちに名前を付けてもらったことで、心がほどけていく。
 そうか……。いつからかわからないけれど、私は、いつの間にか九条先輩のことを……。
「うん……」
 私は、九条先輩のことを好きになっていたんだ。
 
「おつかれ」
「おつかれさま……あれ?」
 部活後、バス停に着くと、九条先輩と一緒に体育館を出たはずの政本君が、ひとりでベンチに座っていた。
 政本君の奥のほうに人影が見えたから、てっきり九条先輩が立っているのかと思っていた。けれど、いつか一緒だった一般の乗客の女の人で、私は拍子抜けする。
 さっき自分の気持ちを自覚したばかりだったから、自然に振舞えるかどうかと緊張していたからだ。
「あぁ、九条先輩? 今日もコンビニに行ったよ。立ち読みしたいとかなんとか言って」
「そうなんだ……」
 ベンチの端に腰を下ろしながら、思う。先輩は、適当に理由をつけているだけだと。きっと、私と政本君をふたりきりにするために……。
「…………」